※まだ評価はありません。
| 脚本・ストーリー 4.1 /5.0(82.6%) | 240位 /1244件中 |
| キャスト 4.7 /5.0(93.4%) | 77位 /1244件中 |
| 演出 4.3 /5.0(85.4%) | 161位 /1243件中 |
| 音楽 4.6 /5.0(91.6%) | 35位 /1244件中 |
| 感動 4.2 /5.0(83.8%) | 79位 /1239件中 |
| 笑い 4.1 /5.0(82.6%) | 81位 /1239件中 |
| スリル・興奮 4.0 /5.0(79.2%) | 212位 /1237件中 |




4.25 / 5.0 (回答者数52人) 129 位 / 1241件中
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| 音楽 4.6 /5.0(91.6%) | 35位 /1244件中 |
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| 日曜日 | 豊臣兄弟! |
|---|---|
| 月曜日 | 産まない女はダメですか? DINKsのトツキトオカ |
| ラジオスター | |
| 火曜日 | 魯山人のかまど |
| 水曜日 | 鬼女の棲む家 |
| 102回目のプロポーズ | |
| サレタ側の復讐~同盟を結んだ妻たち~ | |
| 水曜日、私の夫に抱かれてください | |
| 月~金 | 風、薫る |
結局、心中は勘違いで、ただの夫婦喧嘩だった。
懐刀も実は小道具。
新聞記事と梶谷のせいで煽りに煽られて、おウメちゃんの挙動まで不審になっていた。
そこで出てきたおにぎり。
当たりのつもりで作った梅干し増量のおにぎりへの反応がヘブンさんと一緒だったのか少し楽しい。
どぎまぎドタバタしたけれど、これもおウメちゃんの日常の延長線上。
スピンオフまで何気ない日常にこだわったのかなと思った。
でも、そこから先へ想像が膨らむのは、土台となる日常がきちんと描かれていたからなんだろうな。
平太さんが戻ってきた時、また二人でわちゃわちゃと今回のことを話すんだろうなとか、小さなことまで想像できてしまう。
きっとこれからおウメちゃんが女将代理をしている姿が時々見られて代替わりしていくんだろうななんて妄想してしまった。
訳ありカップルは夫婦喧嘩だったんですね。嫁姑の問題は今も昔もありますよね。そこで旦那がしっかり間に入ってくれるかどうかで家族の円満度が変わってくる?旦那さんがんばれ!おうめ女将も大奮闘。心を尽くしておうめちゃんなりに2人の心がほんわかするように動く姿が甲斐甲斐しくて素敵。経験がない分思慮深く相手を思いやりながら接客するこの子はきっといい女将になる。恋バナは見れなかったけどいつか素敵な男性と花田旅館をついでほしいな。
結局、人騒がせなお二人さんはちょっと喧嘩したお熱い夫婦ということで、ドタバタ劇で終わりました。まあドタバタにしたのは女将さんとおウメちゃんなんだけど。あ、でも、お騒がせ捏造記者の梶谷の責任の方が大きいか。
なんだかんだあっても、おウメちゃんには花田旅館がいろいろいい場所になっていますね。彼女にとって花田旅館はもうひとつの自分の家になっているのでしょう。もしかしたらいつか本当にここの女将さんになっているかもしれません。そんな想像もしてしまいました。
急に女将という大役が回ってきたおうめちゃん、愛想はいいし旅館のことはひと通り把握している!よしできる!って気合いは十分だけどやっぱり女将となるとそれだけじゃダメなのよね。訳あり客の夫と名乗る人物が来たけど、すぐに通しちゃっていいの?とヒヤヒヤ。やっぱり迎え入れる側の洞察力っていうのも必要なのよね。1日女将を浮かれていていいの?って思うけどこれも人生勉強だ。ただ梶谷がいるうちは事件が起きないでほしいね。
おサワちゃんに続き、おうめちゃんのスピンオフ。食事のシーンで一日女将を言いつけられて張り切るおうめちゃんと、トキらしい気遣いとのギャップが面白かった。またツルとの間柄が女将と使用人というより、叔母と姪みたいで良い感じです。
謎のお二人さんは何者なのかな。訳アリなのは間違いないだろうけど。
ドタバタになるのか、それとも人情ものになるのか、どちらでもこのあとが楽しみです。
花田旅館のとある一日。
これこそ丸っきりヘブン夫妻とは関係ないエピソードだから二人とも出てこないと思っていたのだけれど本編にもない二人の映像があって嬉しい。
当たりのはずの梅干し増量おにぎりがヘブンにとってはハズレで、梶谷がいるから隠さなくてはならないという微妙な空気感が楽しい。
おウメちゃんが一日女将をやるのだけれど、とっても不器用にまごまごしている。
そこに訳アリっぽい客。
この組み合わせは鉄板な気がするが、この後どうなっていくのだろうか。
スピンオフのあとの演者たちのインタビューもばけばけの世界観をどう捉えていたのかとか、その時の心境とかもわかって、これも楽しみになっている。
ふたりともなんとも純朴で不器用で見ていてやきもきしてしまう。
一度断ったからこそ、断られたからこその距離感なんだろうな。
時代背景を考えても、そんなに女性と接する機会もなかっただろうし、あえてわからないだろうドイツ語の本を渡して聞きに来てもらおうとするとは、本当にまどろっこしくて伝わらないよ。
それでも、周りの人たちの後押しがあってふたりが素直になれるきっかけができてよかった。
ここから少しずつ少しずつ距離縮めていったんだね。
おサワさんの突然怒るところも含めて庄田さんが受け止めていったんだと思ったら、おサワさんはとても幸せな人生を歩んだんだろうと思えて、描かれなかったその後を思ってあたたかい気持ちになった。
サワは素直じゃないというか、強情なところがあるし、庄田は「大」盤石にはなれない「小」盤石だから、優しいといえば優しいんだろうけど、ヘタレといえばヘタレ。しかも鈍い。せっかく周囲があれだけ気を遣っているのにねえ。
それにしてもこの時代にフレーベルか。今でも大学の教育学ではフレーベルやその師匠のペスタロッチは習うからね。そこはさすが。フレーベルきっかけでどんどん距離が縮まるといいけど、きっとサワにはまだ教師としての壁が待っていそうな気がする。
サワと庄田の恋は一筋縄でいかないのが不器用な2人らしくていい。四角いところを丸く掃きながら教師として上から目線の庄田もいただけないが、それを目をひん剥いて怒るサワもいただけない。それでお互いを思ってるんだから人間って面白い。ま、読めない本を分かっていながら渡す時点で鼻につくけどね。でもまさかくっつくかくっつかないかの微妙なところで終わるとは思わなかったのでそこもびっくり。劇的なことが起こらないのがばけばけらしいね。
おサワちゃんが試験に合格して長屋を出たところを見てみたいと思っていたから、このスピンオフはとても嬉しい。
自力で長屋を出て自慢の娘のはずなのに、嫁入りにこだわる母。
時代を考えると仕方ないかなとも思う。
女性が仕事をして一人で生きていくということはあまり考えられなかったんだろう。
おサワちゃんは長屋を自力で出ていくことが目標で、そのための正規の先生だった。
だから、合格してからは悩みが逆に深まったのではないか。
教えている姿は依然と違い少し怖かった。
庄田さんとの関係もギクシャクしている。
きっとアドバイスとして言っていることは合っているのだろう。
でも、おサワちゃんは素直に受け入れられないのだろう。
ずっと今まで凛と一人で立っていたのだから、そのせいで頑なでもあるのだと思う。
ここからどうやって二人は距離を縮めていったのか。
錦織さんも活躍しそうで続きが楽しみだ。
おさわを主人公としたスピンオフですが、個人的に一番気になる脇役だったので嬉しい企画です。庄田も「小盤石」らしく、錦織との違いをさらけ出して欲しいかな。なんとなく「大盤石」錦織の本編とは違う一面も見られそうな展開も感じます。
また教育って教師も成長していくものだと思うし、同時に子どもの親も成長していくものだと思います。現代の教育に一石を投じる内容にも期待したいですね。
待ってました!ばけばけのスピンオフ。不器用すぎるおさわちゃんが幸せになるまでだよね。子供のことを真剣に思うからこその熱血指導だけど、確かにあれじゃ校長からのチェックも入るよね。でもさ、人間だからなりたい人間になれるとは限らない。その差でモヤモヤしてるのが人間だよね。庄田に近づきたくても近づけないおさわちゃんもいいね。そこにさらっときっかけを作ってくれる錦織さんもいい。ほんの少しの気遣いが連鎖してできる優しい世界。理想だな。
全体を通して面白かったけれど、人生を描くとしたら時間配分を間違えた気がする。伝記のように史実だけ追うのはつまらないけれど押さえてほしい場所はあるだろう。夫婦が二人三脚でカイダンを作り上げたことが最大の出来事だとすればもっともっと2人でカイダンを話し合う場面がほしかったし、ラシャメンと呼ばれるほど苦労した国際結婚ももう少し掘り下げても良かった。何気ない幸せな日常とのメリハリがあればもっと面白かったんじゃないかな。でも主題歌は大好き。あれが聞けなくなるのは寂しいな。
そうか。この物語はトキから見た世界だったのか。
イライザがあのように言って去っていったのも、トキから見たらあのように見えて聞こえたということだろう。
あの言葉での落ち込みがあって、自分を見返してみて、何気ない日常にこそ楽しみとおかしみと幸せがあったということに行きついた。
きっと「思い出の記」には気取っていないそういった言葉が綴られているのだろう。
ふたりの子どもたちがトキの語った言葉をたどる物語だったと思えば、ヘブンの生活など深堀りされなかったり登場人物が足りないような違和感のあったようなことも納得がいく。
上手くしゃべれなかった英語がこんなに愛しくてたまらないラストエピソードにつながるとは思わなかった。
きのうまではどうなるかと思ったけれど、最後あたたかい気持ちで終われてよかった。
結局のところ、イライザみたいに他人の生き方に対して他人がその価値を決めつけるなということですよね。そもそも夫婦のことはその夫婦にしかわからないことがあるというのは、古今東西に通じる真理だと思うし。
まあ唐突な終わり方の割には、余韻がないわけではなかった。それは主演の高石さんの力量かな。大したものだと思います。
全体としては偉人の奥さんが主人公となる朝ドラの欠点、時として主人公が曖昧になるというところはこれまでと同じ。それでも主演女優が良い芝居を見せるのもいつも通り。それが朝ドラといえば朝どらなのかな。
思い返せばあんなに相思相愛で幸せな夫婦だったのに、たった1人の辛辣な言葉のせいでその思い出さえも色を変えてしまった。なんて悲劇だろう。ヘブンさんがいたらそんなことない!幸せだったと全力で否定してくれるだろうに、もうこの世にはいない。トキは今更ながら喪失感に打ちひしがれているだろう。イライザはどうして心をかき乱すことを言ったのか、明日全てが分かるのだろうか。あと15分しかないのにこのままでは不穏すぎる。
イライザは呪いをかけたみたいなものだよ。
あのエドガー・アラン・ポーもH・P・ラヴクラフトもまったく評価されなかったのがアメリカ。アンブローズ・ビアスはジャーナリストとして名が売れていたから、怪奇小説っぽくても風刺として深読みされたから評価された。そもそも日本なんて極東の風変わりな人たちくらいの興味だし、八雲の特異性を理解できたとは思えない。
八雲に比べ、その程度の普遍性の欠片も持たないイライザに何を言われたところで、迎合する必要はないのだけどね。でもトキやその家族にそれを理解しろというのは無理。現代だから言えることだし。
トキの気持ちを立ち直らせるには、ヘブンとしてではなく八雲としてどう生きたか、なんだと思うんだけど。
わざわざ日本まで嫌味を言いに来なくてもとは思うけど、なんとなく彼女の気持ちも分かる。ヘブンは一生かけてもどうにもならなかった相手なのだ。恋愛では取られてしまったからせめてビジネスパートナーとしてトキには分からない崇高な世界に2人だけでいたかったのに、その分野にもトキが入り込み陳腐な世界にしてしまったと怒り心頭なのだ。そして今度はトキにヘブンの話を書けという。それはカイダンのヒットにつながる施策か、はたまた‥。あと2話でうまく終われるだろうか。
このイライザの言動はダメ。許されることじゃない。いくら彼女もヘブンに思いがあったとしても、あるいはトキに回顧録を書かせるためだとしても、人としてダメ。夫婦のことは夫婦にしかわからないこともある。ましてや二人の間にどんな感情があったかなんて、他人が口を出すべきことではない。しかもすでにヘブンは亡くなっていて、何も反論できないのだから。
この後でどんなフォローがあったとしても、一度口に出したことは消えてなくならない。イライザはこのドラマにおいて最低の言動を行ったキャラとして記憶されるだろうね。
夕焼けの中でのプロポーズも印象的だったが、夕陽を浴びながらヘブンさんが静かに死んでいくのもすごく印象に残った。愛する妻がいてまだ幼い子供がいての死はさぞ心残りだったことだろう。人生は恨めしくて素晴らしい。こんなに分かり合えて愛し合える人と巡り会えるのも人生で、その人と死に別れなきゃいけないのも人生。なかなか世知辛い。でも歳の差婚だしおトキだっていつかこういう日が来るのでは?と思っていたのではないでしょうか。サワに抱きついて泣けてよかった。友達はありがたいね。
ヘブンさんは返り咲きした不吉だと言われる桜も、最後に自分に会いに来てくれたと捉えていた。
もう長くないことを自覚していたのだろう。
留まることを嫌っていたヘブンさんがトキのそばで生きることに決めた時、こんな最後だと想像していたのだろうか。
懐かしいトキのほぐしてくれた魚の身を食べ、しじみ汁を飲んで「あー」と嘆息する。
変わらない毎日のあたたかさ。
早々と退出しなくてはいけないことが寂しくて悲しかっただろうなと思う。
ふたりで縁側で懐かしい日々を今度は子どもたちととを語る。
ヘブンさんは少しは安心できただろうか。
「失礼ですが、お先に…」とはなんと日本らしい控え目な表現だろう。
ふたりが寄り添いながらそれぞれ涙しているのを見てもらい泣きしてしまった。
いろんな想いがあるだろうけれど、このふたりらしい最後だ。
とても美しい映像で、ふたりの心の中を表しているように見えた。
モデルとなった八雲の死は54歳。今なら若いと感じるけど、同年代に生きた夏目漱石は49歳没、正岡子規は34歳没。そう考えれば仕方ないかとも思える。
ドラマの八雲ことヘブンさんは、実に静かに穏やかに散り際の桜のごとく亡くなりました。年を取ってくるとそういう静かで穏やかな死が一番だと思えるようになります。ある意味で理想的な死かもしれません。残された方はとてもそんなことは考えられないのでしょうけど。
そしてイライザの登場。トキにとって、そしてヘブンさんにとって、良き知らせだと良いのですが。
アメリカの書評って、いつの時代も影響力は大きいけど、書評家の宗教的なものや政治的な背景もあって、純粋な文学批評とは言い難いものもあるからね。特にアメリカ人は怪異=悪魔という図式にしがちだし。
「怪談」はトキの語る怪異譚の聞き書きといっても、トキは英語がほぼ出来なかったし、八雲は自身の想像力を含めて物語化した。それは上田秋成の「雨月物語」なんかと同じ。そしてそこにはアイルランド系らしいケルトのアニミズムの視点も含まれているのだと思う。だからいまだにこうして残っている。
ヘブンさんの病気について、トキはもう少し気を遣った方がいいよね。
何にしてもドラマは今月で終わりだけど、後半はほぼ旦那が主人公だったってことになりそうだなあ。
「あんぱん」もそうだったし。有名人の奥さんっていうパターンの朝ドラはそこが難しい。
まぁ仲良く過ごしてきたことが前提だけどヘブンさんが大学の職から解かれていつも一緒にいられる関係を喜ぶトキは羨ましい。そして初回に繋がる耳なし芳一の話になる。トキの口伝えで一冊の本になるなんてとてもロマンチック。それがイライザにも伝わったから幼稚な!!って怒ったのかな。日本に伝わる昔話を外国の人から見たカイダンが斬新に書かれていく。それは面白いだろう。もっと早く気づけばもっと本が出せたかもしれないのに、なんて思うほど残された時間は短い。来週は‥考えたくないな。
ついに「怪談」にたどり着きました。トキが昔に戻ったように生き生きとしています。八雲の名作として今に残る怪談の数々。怖いはずなのにこの二人のように微笑んでしまいますね。
海外には「怪談」のような話は少ない。一神教だから怪異は悪魔のせいになるし、怪異に会うのは悪魔に魅入られた人になる。特にアメリカはラヴクラフトが登場するあたりまで超自然的な文学はなかったと思う。
いよいよドラマも終盤。二人の物語も佳境を迎えます。
トキはずっとヘブンさんが「書く人」であること尊敬していたのだろうし、出来上がってくる本も愛おしく思っていたんだろうなとこれまでの行動を見ていて思う。
でも、その中身は理解できない。
それでも大切に扱い眺めていただろうことは簡単に想像できてしまう。
自分に学があって読めたらどんなに素敵だろう、と何度も思ったんだろうな。
冗談めかして言ってはいたけれど、それが心の底に眠っていた、しまい込んでいた気持ちであることにヘブンさんは気づいたに違いない。
その気持ちに気づいたとき、ベストセラーを書かなければというこだわりのようなものは氷解した。
ふたりの共同作業は本当に嬉しそうで楽しそうで今までで一番輝いているようにも見えた。
この濃密な時間はふたりの支えとなる宝物になるのだろう。
出来上がった「怪談」
後世の私たちは素晴らしいことを知っているが、イライザはがっかりした様子だ。
それは、この時代背景によるものなのか、個人的な感情からくるものなのか気になる。
「誰のおかげで飯が食えてるんだ」なんていう男は論外だけど、毎月のお給料で家族四人と嫁の父母や雨清水の親子など養っていたらそりゃ職を失うことは怖くて仕方ないよね。男一人でそれだけ支えているんだもの重圧は相当なものだと思う。一人でどうにかしようとしていたけど、ママさんに話して良かったね。不安でいっぱいの風船を抱えたパパさんを違う視点から見て風穴を開けてくれるママさん、思い合うことができる夫婦って素敵だなと思った。
主人公がヘブンさんになったかのような展開が続いていましたが、トキが主人公に舞い戻ったという感じですね。
確かにトキが読めるような本を書く。それが名作「怪談」につながるというのは良い流れです。二人の結晶が「怪談」というのは「丑三つ時」こと雨清水トキにはお似合いの結末だと思います。
だからこそ、ここからドラマとして怪談をどう盛り上げるか。注目です。
ここに来て、司之介がずっと立ち止まっていたこととヘブンさんの現状がリンクして、ずっと腑に落ちなかった行動とかが少しわかるような気がする。
「終わり人間」という言葉はえげつないなと思うけれど、そういうレッテルを貼られたら足がすくんで動けなくなってしまうことはあるだろうなと。
仕事だけでなく文筆の方もベストセラーという言葉に囚われて惑わされて動けなくなっている。
傍から見たらネタはたくさんあると思われても、本人から見たらそうではなかったり。
子どもたちが言っていた自分たちのわかるものというところにヒントがあるんだろうね。
トキがヘブンさんを散歩に連れ出す。
何かいつもと違うと気づいていてカラダを気遣いつつも気づかないふりをしているような気もする。
本人が納得して話し出せるのを待つつもりなのだろう。
モデルとなった小泉八雲が帝大を辞めさせられた後釜に座ったのは、夏目金之助、後の文豪夏目漱石です。何か皮肉ですよね。漱石の授業はあまり学生には人気がなかったようだし。まあわずか3年イギリス留学をし、神経衰弱になって帰ってきた漱石を、ネイティブである八雲の代わりにしようなんていうのは、当時のお偉いさんたちの思い上がりが感じられますよね。
さてヘブンさんは来世で蚊になりたいと話していましたが、実際に八雲の本にはそういう一節がある。それにしてもよりによって「蚊」というのは、ユーモアだったのか本気だったのか、いずれにせよこの人物の心の闇を垣間見る気がします。やはり「怪談」を生み出す人です。
ここにきてやっと司之介がいる意味があったという回になった。今までなんでいるのかと思ったことが何回もあったけど優しさだけはあるからね。舅と言っても歳が近い男同士、これはヘブンも心強いだろう。54でクビか。まぁ昔は定年も早かったろうし後輩に席を譲る歳になったのだろう。ただ子供がまだ小さいし家族を支えるにはもう少し蓄えないとね。それより10年経ってもおくまちゃんがいることも心配よ。お嫁に行っていい歳だから誰かいい人を世話してあげてほしいわ。
司之介って、このためにいたと言って良いほど、見事なタイミングでのフォローでした。でも本当に隠しておけるかは首を傾げるけどね。
いつの時代も、古いものは駄目だと言われる。けれど新しいものが常に良かったわけじゃない。必ずどこかに問題を抱え、それが解決されると古くなる。この世界の不完全さは常に新しいものを求める人間の性にあるともいえる。
でも松本清張さんなんかは、60代になってから著作を始めて、あれだけの問題作を書き上げているし、年齢で区切ろうとするのは才能を見抜けない人たち側の言い訳でもある気がする。
がんばれ、ヘブン。
話が一気に飛んだね。まあ決められた回数もあるし、ある程度は仕方がない。
実在の八雲は54歳で亡くなっているから、ヘブンさんの体調不安は的確なのだろうと思います。最晩年であると共に、時代を超える名作「怪談」の執筆を迎えるわけだけど、このヘブンさんの奇妙な行動は何なのだろう?
帝大を辞めるフラグか、はたまた「怪談」につながる何かなのか、いずれにせよヘブンさん、いや八雲の最後の山場に向けてが気になります。
いきなり10年後で東京へ移転済み。
トキが東京へ行きたいと言ったからだとか。
トキはそういうことまで言えるようになったのだなと感心する。
相変わらずトキの英語はあまり上達していない。
でも、子どもたちはさすがという感じで話している。
東京の生活は桃源郷のようだと言っているが、10年でしてほしくない変化もあるようだ。
ブードゥー人形が行方知れずのようだ。
きっと何かを暗示しているのだろう。
トキはそれを不吉だと言う。
ヘブンが健康をたびたび口にするのは不安があるからだろう。
イライザへの手紙だと思われる中に、健康不安と最後にもうひとつベストセラーをと書かれている。
車夫を帰して立ち寄ったミルクバーは誰かと待ち合わせだろうか。
不義理を重ねた友人に腹を立てているだけと思っていた、そんな浅はかな感情ではない深い思いに触れ自分が恥ずかしくなった。もうこの先会うことはないかもしれないという覚悟を持って尻を叩いた錦織さんは真の親友だ。人は幾つもの顔を持つ、仕事も家庭もとバランスをとっていては見失うこともあるということを錦織さんは突いてくる。物書きとして痛烈に意見をくれる友を亡くした穴は大きいだろう。二人の思いがぶつかり、交わる。やりきった錦織さんの顔が素敵だった。
ヘブンさんの幻想ではなく、現実だったのか。
作家って職業である以上にある種の「業」みたいなものだと思うんだよね。表現への衝動というのは、たとえ書けなくても絶えず飢えとか、渇きのように襲ってくる。だから「書けない」ことは筆を折る理由にはならないんだと思う。
きっと錦織はヘブンさんを見ていて、彼以上にそれを知っていた。だから言い訳を許さず、追い込んだ。
まさに友人ならではの行動だ。
ヘブンさんも錦織も、最後にちゃんと献辞で心が伝わりあえているのが良かった。
さよなら、大磐石。
初めての感動は一度しか味わえない。
そのことを松江の朝の風景は語っている。
本格的に日本人になることで、異国人ならではの視点も失うヘブンさんを本当に錦織さんは心配していたんだな。
熊本に対する不満から感度が低くなっていること、書こうという意欲が低下し諦めていることを錦織さんは気づいていた。
ヘブンさんの作家としての才能を高く買っていたからこそ潰したくないという気持ちが強かったのだろう。
リテラシーアシスタントとして、友人として、ヘブンさんの心の奥底に眠っている、封じ込められている気持ちを怒らせることで掘り起こしたのだ。
人気作家レフカダ・ヘブンを作り出したのは、あの日に天の岩戸を開いたふたりだった。
錦織さん亡きあともその両輪が崩れないため、情熱を持ち続けるための最大限のお芝居だったのだろうと嬉しそうに謝辞を眺める錦織さんを見て思った。
「八雲」という名前はそのままなんですね。まああまりにも素晴らしい名前だし、「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」という歌との関係性は、小泉八雲という人物を語る上で絶対に切り離せないものですしね。
最後の夢なのか幻想なのかわからないシーンは、錦織との関係性を暗示しているんだろうけど、八雲という名を得たことで、言霊のインスピレーションみたいなもののメタファーでもあるのかな。それはいずれ作家としてのインスピレーションにもつながるのかもしれない。この後が気になります。
まさか勘右衛門が松野の籍から外れていたとは驚いた。
戸籍まで調べて文句を言う人もいないとは思うけれど、よっぽど懲りたんだろうな。
いよいよ雨清水八雲の誕生。
新しい名前を得て初めての朝。
初めての松江と同じような音が聞こえるのに違って聞こえているようだ。
錦織が言った「日本人にならない方が良い」というのが、これを指すのだろうか。
外から見る日本と内から見る日本の違いを言っているのだろうか。
錦織が理由なく言っているとは思えないから、その真意がヘブンに伝わるといいなと思う。
立つ鳥跡を濁さず、松江でそれができていたら今回の件はまた違ったよね。あれだけ世話になっておきながら知事のメンツを潰し親友の心を折ってしまった責任は大きいと思う。錦織さんのやつれっぷりがもはや別人なのに、どうしたのか聞くこともなく自分のことばかり話すヘブンがちょっと信じられなくなった。結構自分ち以外のことには冷淡なところがあって驚くことがある。ヘブンもおトキも言うほど良い人じゃないのかもって冷めた目で見ている。
「雨清水トキ」からの「丑三つ時」かww。これが狙いで「雨清水」なんて姓にしたのか。いやはや脚本家の小技にやられた。
それにしてもタエも三之丞も、その雨清水の家を守ったことに、ひとつ意味を見つけたし、こういう何でもない日常に幸せを感じられたのは良かった。三之丞がタエにかけた誉め言葉だけど、このドラマで初めて三之丞の素直さが当たりを引いた感じがする。
これで雨清水家はひと段落だね。傳も草葉の陰で喜んでいるだろう。
次は錦織か。
サワちゃん、良かったね。ちゃんと自分の力で教員にもなり、庄田も射止めた。頑張った結果が報われているのは本当に嬉しい。花田旅館の人たちの相変わらず元気のようだし。
ヘブン先生の帰化は、江藤知事にかかっているのか。まあ知事からすれば、ヘブン先生は松江を見捨てたと見えるし、メンツも潰されていると言っていい。なかなか納得できないだろうなあ。
錦織だけど、わずかに浮かぶその顔がげっそりと瘦せている。やはり体の長子は悪いらしい。演じる吉沢さんだけど、この減量は凄いよ。でも良い役者さんだからこそ、無理はしないで健康に気を付けてほしい。
ヘブンさんとおトキちゃんのようなカップルは稀だったのかな。それを知るためのラン達なのかなと思ったりした。あんな幸せな結婚ばかりじゃないよって伝えたかったのかな。ランはラシャメンにあたるのだろうか。子供も生まれたヘブン達を羨ましそうに見ているランが切ない。そして司之介が遺産にこだわらないのは意外だった。借金も返せていいうちに住み、孫も生まれて家族仲良く暮らせているって相当贅沢だもんね。このままいい爺さんのままでいてくれよー。
ランの気持ちもわかるよね。いくらロバートがお抱え外国人の正論だと言ったところで、ランが現地妻なのは間違いない。西洋的なキリスト教の精神からしたって、それは決して正しいことではないし、単に金で未開の国で、自分に都合のいい奉仕者を求めたに過ぎないのだから。どんな言葉を弄しても心の奥底には響かない。
ヘブン先生だけど、旅行記だけが作家じゃない。彼はこれまでいわばジャーナリストであり、ノンフィクションライターだ。それだけが文筆ではない。筆を折るというのはいつだって出来る。書けなくても机に向かい続け、筆を持つ者こそ作家。そこは折れないで欲しい。
ヘブンさんが「良き目を持って…」とお百度参りをしている姿を見て心が痛くなった。
これまであまり触れられていなかったけれど、手紙を読むときも文章を書く時も極端なほど目を近づけていた。
どれだけ生きにくくコンプレックスであったかを表しているし、生まれてくる命への愛情も同時に深く感じた。
お百度参りであることもヘブンさんらしい。
ぎこちなくとも深く日本の文化を愛していることが読み取れる。
ここに来て戸籍の問題が出てきた。
ようやくな気もするけれど、今のような戸籍制度はたしか明治からなので、一般の人たちにとっては今ほど身近なものではなかったのかもしれないとも思う。
この家族にとって一つの戸籍に入るということは、他の日本人たちより重要というか家族の証明のような側面があっただろう。
「ちゃんと結婚」というヘブンさんの言葉のチョイスがふたりの真意をより深く伝えている気がする。
戸籍が整備されて間もないとはいえなぜ結婚する時にその問題を考えなかったのかと考えるのは今の感覚だからなのだろうか?それはさておき、お子様の誕生おめでとうございます。ついにヘブンさんからフィリピン行きの件をどうするのか聞けずに終わってしまったけど、あんなかわいい赤子の前ではもうどうでもよくなってしまいますよね。妊娠発覚後にぐるぐる回された時はやめて!吐いちゃう!と経験から思ってしまったけど、ヘブンさんのおトキちゃんへの愛がいつも変わらなくて素敵だわ。
ヘブン先生も子どもが生まれ、心を定め、自分のいるべき場所も定めたという感じですね。
戸籍にということは、本格的に帰化しなければならないけど、国籍法制定は1898年。ヘブン先生のモデルであるハーンが帰化したのは1896年とされている。その時点で法律はいわゆる内外国人民婚姻条規だから、女性の国籍が旦那の国籍に変更となる筈。どうやったんだろう?浅学にしてそこの事情はわからないし、ちょっと興味があるので史実通りに説明して欲しい。
ヘブンさん、錦織に会いに行ったようだけど、おそらく錦織は結核で相当に弱っていると思う。二人の友情のあり方をみたいですね。
トキさんもヘブンさんも、お互いどうして欲しいかを考えて決断できなかったり不安になったりしてたんだよね。
ヘブンさんはロバート先生にフィリピンに行ったら日本に戻ってこないだろうと言われて、おそらくは行く気持ちが少し減ってしまった。
そして、知っているにも関わらず自分の判断を尊重して待っていてくれるトキさんと一緒に居たいという考えになったのではないだろうか。
行くと言われても行かないと言われても嬉しいし悲しい。
そんなトキさんの表情が切なくて苦しかったけれど、ヘブンさんの喜びようと英語での意思疎通がすべて吹き飛ばした。
唯一の話せる文章が「あなたと一緒にいたい」だなんて。
本当にヤキモキした数日だったけれど、とても良い話でウルっとした。
ヘブンさんのフィリピン行きの話を聞いた後に妊娠を知るってなかなかドラマチックな展開だけど、ヘブンさんがどう考えているのか分からない中だから不安だろうな。物書きとしたら日本滞在記があれだけ売れているのだからフィリピンも書きたいって思うのは当然のこと。でも自分の口から伝える前に伝わったとなればヘブンさんも気が気じゃない。2人とも胸にしまった思いが溢れるもうひと山来るんじゃないか?お互いがお互いを思ういい展開を期待する。
やはりトキはおめでただったか。
こんなに喜ばしいことでも、なかなか嬉しい気分になれないのは松野家の現在地が不安定なことを知ってしまっているからだろう。
当たり前のように妻を置いて出ていくことを語るロバートと、家族を置いていくことに不安を感じるヘブンの間には大きく違いがある。
家族の愛情を知らずに育ったヘブンにとってトキとその家族は大きな存在だ。
トキに子どもができたことを知ったら一人で行くことを撤回するだろう。
でもヘブンが書けなくて苦しんでいることをトキは知っている。
だからこそ、子どもができたことで邪魔をしたくないと思っているのが切ない。
体調を尋ねたヘブンに達者だと答えるトキ。
隠し事はあっても嘘はない。
お互いを思う気持ちが深いだけに、きちんと話ができて良い解決をと願ってしまう。