※まだ評価はありません。
| 脚本・ストーリー 4.0 /5.0(80.8%) | 300位 /1228件中 |
| キャスト 4.6 /5.0(91.2%) | 158位 /1228件中 |
| 演出 4.0 /5.0(80.8%) | 271位 /1227件中 |
| 音楽 4.3 /5.0(86.6%) | 80位 /1228件中 |
| 感動 4.0 /5.0(80%) | 107位 /1223件中 |
| 笑い 4.0 /5.0(80%) | 100位 /1223件中 |
| スリル・興奮 4.0 /5.0(79.2%) | 208位 /1220件中 |




4.11 / 5.0 (回答者数27人) 203 位 / 1226件中
| 脚本・ストーリー 4.0 /5.0(80.8%) | 300位 /1228件中 |
| キャスト 4.6 /5.0(91.2%) | 158位 /1228件中 |
| 演出 4.0 /5.0(80.8%) | 271位 /1227件中 |
| 音楽 4.3 /5.0(86.6%) | 80位 /1228件中 |
| 感動 4.0 /5.0(80%) | 107位 /1223件中 |
| 笑い 4.0 /5.0(80%) | 100位 /1223件中 |
| スリル・興奮 4.0 /5.0(79.2%) | 208位 /1220件中 |
| 水曜日 | 相棒 season24 |
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松野家の人々の個性的な演技が毎回、楽しみ。特に小日向さんのおじじ様は、役が板についていてすばらしい。まげもよく似合っている。今度は逃がさんゾ!稽古をつけてやる!とか厳しい。銀次郎さんは、お舅の婿いびりに耐えられず、家を出たのかも。
銀次郎もイライザも潔く身を引きましたね。まああの雰囲気を見せつけられて、それでも割って入るのなら、すでに蛮勇だし、愛情というより嫉妬や悪意に近いものになっているかもしれない。二人とも自分も相手も貶めることなく引いたのは、皆にとってよかったと思う。
トキとヘブンは言葉が通じないから、言葉はないけど、それでも思い合う感じが伝わってきました。二人で夕日を見ながら手をつなぐシーンは、とても美しい演出だったと思います。
いやー夕陽のシーンが綺麗すぎて言葉が出ない。散歩に行ってから2人の会話も聞こえず表情も見えない中でも楽しそうな雰囲気が伝わってくる。そして手繋ぎに興奮。いいラストでした。奥手なヘブンとトキにはイライザと銀次郎と会うってことがいい刺激になったんだね。この人だと思っていたけど会ってみたら違うってこともあるし、そこでやっぱりトキなんだと思ってくれたのが嬉しい。イライザと銀次郎には悲しい思い出になってしまうけれど、きっといい出会いがあると信じている。
家の中のあちこちにあんな風に絵付きのメモがあったら、言語の壁を乗り越えて心通わせていることが手に取るようにわかっただろう。
それが、ただ単に女中の親切からだとは受け取れなかっただろうし、言葉の壁だけではなくて心の壁をも乗り越えようとしていることもわかっただろう。
銀二郎もトキの心の中にヘブンが大きくいることが伝わった。
大好きだからこそ諦める、自分とではなくてよいから東京の怪談を、と言った気持ちが辛くて悲しい。
銀二郎もイライザも予定より早く旅立ち、残されたふたり。
一緒に散歩する姿がセリフがなくてもどんどん距離が近づいていくのがわかる。
夕日に照らされて、はにかみながらも手をつなぐふたりのシルエットが美しかった。
ヤキモキしながら年越さないといけないのかと思っていたから、すっきり心暖かく越させてくれてありがとうと思った。
銀次郎とトキちゃんは完全に時期を外してしまったとしか言いようがない。いつか迎えにいきたいと思っていたならもっとコンスタントに繋ぎ止めておくべきだった。4年は長かったね。怪談は自分とトキとの大切なものだったのに、それもヘブン先生に取られてしまった。やり直そうと言ったけど結果は分かってるだろう。それにしても異人の女中になっていたことを素直に飲み込みすぎだよね。もう少し疑うとか嫌がるとかあるのかなと思ったけど拍子抜けだわ。
言葉で元夫がいると聞いていていても、実際に目にするのとでは実感がまるで違うのだろう。
ふたりでいるのを見て、何か後ろめたいような何とも言えない感情がヘブン先生の中に生まれたのだろうか。
銀二郎が差し出した手を握ることはなかった。
でも銀二郎が口にした「怪談」という言葉を聞き逃さず、いつものように前のめりで怪談の世界に没入していく。
あの熱量は怪談好きの銀二郎でも少し引いてしまうほどだ。
イライザはヘブンが変わったと言った。
それは怪談のなせることなのか、トキのせいなのか。
ヘブン先生の怪談好きを楽しそうに語るトキに東京の怪談もと返すのが精いっぱいの銀二郎が切ない。
やり直したいという銀二郎の言葉に少し曇ったトキの顔がなによりも雄弁だ。
怪談を語るという新しい楽しみを手放したくはないといったところだろうか。
銀次郎とイライザからすれば、言語の壁も文化の壁も超えて微笑み合うトキとヘブンを見れば、いろいろ思うことはあるだろう。それは錦織でも同様だろうね。
それでも銀次郎は果敢にトキにやり直そうとアプローチをしました。そのためにわざわざ松江に戻ってきたんだからね。当然だ。でもきっと心のどこかでは無理だろうと感じているように思う。好きな人が好きなことを楽しんで笑顔になっている姿を見てしまったし、それを引き出したのは自分じゃないんだから。
さてトキはどう応えるのでしょうか。
トキと銀次郎、ヘブン先生とイライザ、二組の因縁カップルが遭遇しました。これはどう考えても錦織がとばっちりをくらって、苦労しそうなシチュエーションですね。本人は理解してないでしょうけど。まあたまには彼も頑張らないとねえ。
イライザはまだキャラがわからないけど、ちょっと面倒くさそうな感じかな。けどわざわざ太平洋を超えてきたわけだし、それが日本への好奇心なのか、ヘブン先生になにがしかの想いがあるのか。気になります。
ヘブン先生に「知り合い」が元夫であることを伝えたトキ。
聞いた先生はちょっと複雑そうな表情をしていた。
「知り合い」でなく「連れ合い」でしたという言葉のチョイスが面白い。
たった一日でも先生が困らないように、絵付きのメモをあちこちに用意して、とても気が回るし先生のことを思っているんだなと思う。
お互いに後ろめたさを感じながらも「ええ日に」と別れるのがふたりらしい。
イライザに出会って、ハグにもぎこちなさが見える先生。
そして同じ朝、川の向こうを見つめるトキの背中が切ない。
え?トキと銀次郎ってまだ籍を抜いていなかったの?婚姻状態のままって、ドラマとはいえそれはどうなのかな?
明治時代の民法だと、銀次郎は松野家に婿養子として籍に入ったのだから、嫡出子としての扱いになるわけで、銀次郎が家督を相続することになる。籍を抜かないでおけば、トキの稼ぎも銀次郎のものにできる。まあ銀次郎は200円も稼いでいるそうだから、そんなことはしないだろうけど。
でもその逆はない。明治の法律では男子が偉いわけで、まだ銀次郎が松野家の戸籍に入っていても、銀次郎のお金はトキのものにはならない。
なにより松野家の連中は、トキはもちろん銀次郎も再婚するかもしれないという事を、まったく考えていなかったことになる。それはあまりにも不人情なんじゃないのかな?
どうあれ家督を相続しておいて出奔するのは、明治憲法下では許されないことだからこそ、籍を抜くのが普通だと思うんだけど。
まあ銀次郎さんは婿だったわけだし、失踪してそのままなんだから家族は気になるよねー。でも手紙を読みたくてウズウズするのは図々しいなと思いました。でも手紙には会いたいことと約束の場所しか書かれていない。これは読まれることを見越しているのかなと考えれば短期間でも一緒に暮らして家族のくせを知っている銀次郎さんならではだと思いクスッとしました。ヘブン先生が日に日に可愛くなっていく中、今銀次郎さんと会う。なかなか面白い展開です。
お休みが欲しい理由を歯切れ悪く話したトキ。
ヘブン先生はその様子を見て、おそらく東京にいるという元夫だと気づいたのだろう。
一旦保留となったが、そこへ想い人からの手紙が来たことでOKとなった。
別にトキと恋仲というわけでもないのに手紙を隠してコソコソ外で見たりするのは何故だろう。
それだけヘブン先生の心の中にトキが住み着いてしまったということなのだろうか。
そして会いに来る銀二郎の真意は何だろう。
東京でどうしていたのだろうか。
史実どおり事業に成功しているのだろうか。
トキもヘブン先生もかつての思い人というか、因縁の相手とご対面となりそうです。銀次郎もすっかりあか抜けて、仕立てのいいスーツを着ていました。随分と立派になったようです。
二組がどこかでばったり会うとかいうハプニングがあるのかな。このあたりは史実ではないし、脚本家としては腕のみせどころでもあるので、それぞれの人生の決断をうまく描けるといいですね。
お久しぶりのシャーロット・ケイト・フォックスさんの登場も楽しみです。
ヘブン先生の怪談に出会うまでが丁寧に描かれていたのでおトキちゃんがゴリ押しすることなく自然に出会えましたね。小谷をはじめ日本人にさえ古くさいと受け入れてもらえなかった怪談を毎日毎日せがむヘブン先生との時間はとても幸せな時間になったでしょう。でもそれは先生の求めていたラストピースになってしまう。複雑ですね。おトキちゃんが1ヶ月で全て覚えると言っていた英語が上達しないのはイライラポイントでしたが、こちら側に寄せるためでもあったのですね。脚本が上手いなと感心しています。
日本滞在記のラストピースが怪談なら、トキが話せば話すほど日本を離れる日がつながるというのは錦織の言う通りだろう。
見ているこちらは、このまま怪談や日本の風習に魅了され日本に居続けることを知っているけれど、当然そんなことは当時の人たちは知らないわけだから、お別れが近いと感じて複雑な心境になるのも無理はない。
トキが家事が終わらないふりをして今日は怪談はなしと言った時も、手伝ってまで早く終わらせようとした。
それでも「トキは怪談を話すのキライ?」とトキの気持ちを図ろうとしていた。
あなたの話・あなたの考えが好きとあんな顔で言われたら、気がかりでも話してあげたくなっちゃうよね。
シジミさんがいつの間にかトキ師匠に変わっていて、どんどんふたりが同じ方向を向いているように見える。
同じものを好きな者同士、協力はしたいだろうし語り合いたいだろう。
でも、ヘブン先生が帰ってしまったらトキの家族は干上がってしまうのも事実。
それに、きっと心にぽっかり穴が開いてしまうだろう。
銀二郎からの手紙がのちの憂いを取り除いてくれるのだろうか。
怪談は語りたいけど、語ればヘブン先生が帰国するかもしれないというジレンマ。トキとしては悩ましいところですよね。それより本来のアテンド役である錦織は何をしてるの?いつまでもいじいじしたり、コソコソしたりしないで、ちゃんと役目を果たせよと思う。
そして銀次郎からの手紙。絶対にやり直そうって内容だよね。そんなの今更だし、いろいろ勘ぐってしまう。せめて顔見知りの錦織がここで活躍してほしい。
昔は「七歳までは神のうち」と言われ、理由はともかく子どもは簡単に死んだ。水子供養なんていうのは子どもがなかなか死ななくなったからこそで、1970年代以降に広まったものだからね。
そして儒教では親より先に死ぬ逆縁は孝に反し、仏教では死んだ子どもが賽の河原で石を積む。要は日本の場合、子が死んでも親の責任ではなく、子の方に責任がある。だから本当はトキが言うような親子の情というより因果とか因縁の話だ。そしてヘブン先生の話はまさしく因縁。
ヘブン先生は因縁話として怪談にシンパシーを感じた。でもトキはそれ以上の解釈をしてくれた。それならヘブン先生の気持ちも、恋心に変わって行っても不思議ではないね。
ヘブン先生とトキの間の距離がもどかしい。
言葉の壁を何度も怪談を聞くことで少しずつ少しずつ。
ヘブン先生の日本語が本当に少しずつ変わっていっていることで、どれだけ距離が縮まっているかというのが良くわかる。
錦織さんたち中学校の人たちにはヘブン先生がどうして怪談を聞いて涙したのかわからないようだ。
「子捨て」の怪談についてトキが語ったこと、それこそがヘブン先生の本当にわかりたいことなのだろう。
怪談は古めかしく寂しく恐ろしいものが多い。
でもそこには戒めやら真理のようなもの、昔から大切にしてきた心のありようが描かれているような気がする。
続々と八雲の怪談の元ネタが語られていますね。言葉の理解は半分でも、相手の表情や態度、声の質感など非言語がコミュニケーションの約90パーセントを締める(メラビアンの法則ですね)わけで、トキの語りは十分に伝わるはずです。
まあモデルのハーンは、のちに八雲と名乗るほどだからね。「八雲立つ」は「出雲」の枕詞。つまり歴史を知り、出雲を知り、和歌を知らないと思いつかない。少なくとも良く学び、良く理解する人。そこには言語だけじゃ成し得ないものがある。
ヘブンさんにも、その雰囲気を感じるようになってきました。
なるほど八雲の「水飴を買う女」につながるのですね。これと似た話はそれこそ全国にあって、いわゆる子育て幽霊と呼ばれるもの。ラフカディオ・ハーンのルーツであるアイルランドには幽霊話も多いし、カトリックとは違うケルト由来の伝説も残っていたから、怪談話が受け入れられたのかもしれないね。
ドラマではヘブン先生だけど、ここからトキの日本語での語りをどう生かして文章にしていくのか、トキを演じる高石さんの腕の見せ所でもあります。
いよいよヘブン先生が怪談に出会う。
和尚の声と朽ちて寂しい墓地がとても哀しみを誘う。
ヘブン先生も涙を流していたが、その語り口と雰囲気が気に入ったのだろう。
その世界に没入しているのか、自分の世界に入っているようでもあった。
初めての怪談は正木くんの通訳付きだったけれど、トキにも自分の言葉でと頼んでいた。
本を読むだけではあの空気感は味わえないと察したからだろう。
トキが最初に選んだのは銀次郎から教えてもらった鳥取の布団。
室内を暗くして、蝋燭1本灯して語り始める。
ヘブン先生はどんな表情をするのだろう。
ずっと疑問なのだけど、ローマ字で有名なヘボンは「お雇い外国人」の「雇い」とは短期雇用という意味だと言っている。そもそもこの時代の外国人は日本に移住してくれるなんて日本側も期待してはいなかった筈なんだよね。
実際、明治中期まで約3000人近い外国人がきて、日本に残ったのはラフカディオ・ハーン以外だと、建築家のコンドルとか、ごく少数にすぎないからね。
なので錦織たちの落胆がよくわからない。
そしてようやく怪談との接点が出てきました。ヘブンだけでなくトキの反応が楽しみです。
リヨはとっくにトキの恋心に気づいていたんだね。だから先に牽制した。でも自分が振られるまでちゃんと応援してくれていたトキのことも信頼していたから最後の挨拶に来てエールをくれたってところだよね。これからいい相手を見つけて幸せになってほしいなー。そして錦織さん、生き霊になるほどだったとは驚いた。人と深く関わらないで生きていきたいのは勝手だけど、親切にしてもらったり仲良くしてもらっていることにも気づいてほしい。40にしては稚拙だ。
おリヨ様は真面目で誠実な女性だったのだなと思う。
きっと本人も気づいていないトキの心の内を察しながら、自分への協力を強いたことに気づいていての今朝のあいさつなのだろう。
ヘブン先生への想いは諦めたという意思表示でもあるのだ。
そして錦織さんも、ヘブン先生の独白でやはり傷ついていたのだろう。
念押しでヘブン先生に尋ねたけれど、余計に傷は広がった。
自分が思うよりずっと遠くにヘブン先生の心があるということに軽い絶望のようなものも感じたかもしれない。
錦織さんの献身は、通訳と身の回りの世話という仕事を超えて寄り添っていたはずだし、仕事を超えて友人になりたいという意味での「ヘブンさん」呼びだったはずだ。
何も自分の気持ちは伝わっていなかったと思っても不思議ではない。
そんな中でトキとつながりそうな金縛りにあったヘブン先生。
一日目は会いたかった母。
また会いたくて準備万端で金縛りにあったけれど、今度は首をしめる錦織さん。
生きているはずだけれど迎えに来ないところは何かを暗示しているということなのだろう。
前作の「絶望の隣は希望」のように、二人の仲が雨降って縮まり固まる前兆だと良いのだけれど。
身も蓋もない話をしてしまえば悪を暴く要素のある新聞記者なんだから自分が法を冒すのはやめといた方が良かったと思う。結婚しないで内縁でいれば良かったんじゃないの?まぁ誰でも手痛い失敗をすれば同じ轍は踏むまいと思うものだしヘブンの中で誠実に生きようとする結果が人と深く関わらないことなら尊重してもいいと思う。ただ仲良くなりたい人からすれば寂しい答えでもあったよね。リヨもそうだけど錦織の寂しそうな顔も辛かったな。
白人と黒人の混血は、黒人扱い。まあ母親が黒人で、ほとんどが無理矢理の結果だったりするんだけど、その場合も悪魔のように誘惑してきた女性が悪いことになる。実態は白人男性が襲ってもね。だから混血は白人の純血を汚しただけでなく、淫乱な悪魔の子どもでもあると言われる。アメリカの保守層には、今でもそう考える人がいるし。
しかもヘブンさんはギリシャ生まれとはいえアイルランド系なので、おそらくはカソリック。アメリカはプロテスタントの国。いまだにカソリックの大統領はケネディひとりだけ。それも殺されたけど。
ヘブンさん、というかラフカディオ・ハーンの心に残るトラウマは相当なものだったろう。だから欧米にはない独特の社会を持つ国、日本に残ったのかもしれませんね。
ヘブン先生が黒人女性と結婚した頃、南北戦争からは約10年たっていて、名目上では奴隷制度は廃止されていたけど、アメリカで異人種間の結婚が認められたのは奴隷解放からおよそ100年後の1967年です。実はまだ60年もたっていない。モデルになったハーンと節子は1891年に結婚しているから、アメリカの合法化より76年も前のこと。
何をもって進んでいるとするのか、遅れているとするのか、見方によって変わることを理解しておきたいところですね。
人間としての格が下がりっぱなしとは母上よく言った。貧乏で長屋に住んでよく格だなんて言えてたよね。孫の稼いでくるお金で生活できていることをもっとよく考えて感謝してほしいよ。密かにお百度参りをしていたリヨの真っ直ぐな気持ちを見習ってほしいわ。初めは高飛車なお嬢様だと思っていたけどヘブン先生を思う気持ちが本物なんだなと分かってくるとかわいらしく思えてくる。これは強敵だよね。おトキちゃんは自分の恋心に気付きつつあるのかな。ゆっくり自覚していくところもいいな。
すっかり馴染んでいる2代目借金取り。それでいいのか?そして借金はお前らもなんとかしようと思えよ、と言いたくなる賑やかだけが取り柄の松野家。
なんかリヨの行動力にモヤモヤしているトキだけど、うっすらとした恋心だという自覚はあるのだろうか?まだ具体的に形になってはいないし、単純にお給金の問題だとも割りきれない。
そんな曖昧模糊とした妖怪みたいな感じを楽しめばいいんだろうけどね。
リヨ様はあれだけ異国への憧れが強く、日本の文化的なものを軽く見ていそうなのに頼るのはお百度参りなのか。
本気で手段を選んでない感じが伝わってくる。
フィーリングが合うと言っていたけれど、やはり無理も見えるし一方的なんだよね。
それでいて、話のネタにされる立場で少し可哀想でもある。
松野家の人たちは相変わらずトキ頼み、ヘブン頼みでおかしみしか感じない。
自分たちのことを客観的には見れないのだろう。
それとも生きていくために見ないようにしているのだろうか。
リヨ様がヘブン先生にプロポーズをすると聞いて居ても立っても居られないトキ。
自分の心のざわめきの正体にいつ気が付くのだろうか。
どんな国でも新年の行事には民族色が出るし、ヘブン先生にとって日本の正月はとてもエキセントリックなものだったろう。
意外だったのはリヨの気持ち。てっきりヘブン先生と共に海外に出たいのかと思っていたんだけどなあ。自分の家に暖炉を作ればという話からすると、そのまま日本にいてもらうつもりのようだ。でもだったら外国文化への憧れではなく、もともと彼個人に興味があった?そうは見えなかったけどねえ。とょっと首を首を傾げる。
まあヘブン先生の滞在記で最後に足りないのは、まさに怪談のような民話なのだろうから、あとはいつどういうタイミングでトキの怪談好きが知れるのか注目だね。
小谷は本気で長屋暮らしの婿でもいいと思ったわけではないだろう。恋に舞い上がりなんとかなると思ったくらいの感覚だから付き合うことになったらもっと深く傷つけ合う可能性があるのでここでお別れでちょうど良かった。ヘブン先生がいなくても小谷なんてこっちからお断りだよ。小谷は怪談というマニアックな趣味に没頭してしまうトキはちょっと怖かったし覚めちゃったのだろう。こればかりは趣味の違いだから仕方ない。リヨさんは賢くそこら辺をカバーしているようだけどどこまで合わせられるかがカギだね。
小谷との恋は始まらないうちに終わっちゃった。
一方的に小谷の一人相撲みたいなものなのだけれど、それにしても振り方?というか物言いが失礼だなと思う。
トキの置かれた立場とか女性の立ち位置考えると仕方ない部分もあるのだろうけれど。
松野家の人たちが前のめりだっただけにガッカリ度も高そう。
小谷が去った直後の突風にトキは松風を感じたのだけれど、霊的なものに限らないけれど、信じる人にしか見えないんだろうな。
トキは、西洋化・近代化から取り残された寂しさを感じると言い、そこが良いとも言っている。
一方の小谷は旧制中学の生徒だから、まるっきり反対向きの人だから、トキの言うことが大切だとはわからないのだろう。
ヘブン先生の授業を受けていても、英語そのものにしか関心がなくヘブン先生がどうして日本式の生活をしているのか気にかからない。
見たいものしか見えないのはここでもそうだ。
小谷とのお出かけが楽しくなかったと知ったヘブン先生の少しだけホッとしたような表情がとても良い。
いつ自分の心の中の変化に気づくのかな。
小谷の言う「無駄」っていうのは「何の役に立つのか」という問いであり、近代から現代に至る日本が抱えた病巣のひとつだと思う。明治維新で和魂洋才とばかりに西洋の知識を求めるようになった結果、役に立つものこそが重要になった。その結果、役に立たないものは「和魂」であれ捨てられていく。そして今も、親や教師や上司や官僚や政治家がこう尋ねる。「それは何の役に立つの?」と。
理系でも基礎研究は何の役に立つかわからないものも多い。でもその先で別の研究者が大事な発見の足がかりとするケースもよくある。文系に至っては大学院まで学んでも、役に立たないと切り捨てられる。
合理的で無駄が少ない社会ほど急激な変化に弱い。今の日本がそう。無駄を産業にできない。見事に産業化したマンガやアニメも、昔は親や教師や大人たちに「無駄」と言われ、禁止されたり捨てられたし、愛好者は同世代からも「オタク」とバカにされ、散々だったのにね。
だから今の時代に小谷の問いは重要だと思う。
ここにきてトキの心が動き始めたのかな。先生のお世話をする中で親しみが湧いていたのに通りすがり発言は刺さるよね。先生にはリヨさんが、おトキちゃんには小谷さんが思いを寄せていい感じにやきもちを焼き自分の気持ちを自覚するという流れだろうか。ただここからヘブン先生がおトキちゃんを好きになるにはまだ何かが足りない気がするのだけどどうだろう。そして何よりも格にこだわるじじ様がどう転んでヘブンを受け入れるのかとても気になる。
リヨさんのお見舞いの品は湯たんぽだった。
なるほど、この時代の湯たんぽは陶器だったのか。
リヨさんの「日本人ですので」という言葉にはトキへの対抗心が見える。
ともあれヘブン先生も「天国!」と喜んでいるように見える。
大寒波も去り、トキの介抱もあって回復したヘブン先生。
「達者になったけん!」の言葉は嬉しかったけれど、小谷との約束を聞いても何の反応もなし。
それを知ってガッカリして少し拗ねているように見えるトキのこの心の内を本人はまだ気づいていないんだろうな。
明治初期だと湯たんぽは珍しかったのかな。まあ普通は行火とか炬燵だったしね。もう少しリアリティを出すなら、手ぬぐいとかさらしとか、何かで巻かないとすぐに温度が下がるし、低温やけどの原因になることもある。もしかしたらウグイスの件に続き、リヨの知ったかぶりを揶揄する演出なのかな?
小谷くんのことは、勝手に松野家で盛り上がっているけど、トキの方は嫉妬しないヘブンにちょっと不満げ。もうそれは恋だよ。
せっかくトキとヘブン先生の間が近くなっていたのに、小谷君が和訳したせいでなんだか遠くなってしまったような気がする。
小谷君がいなければ、あのようなことをそもそも言われなかっただろうし、言われたとしても意味が分からなかった。
「通りすがり」
たったひと言がずいぶんと心の距離を遠ざけてしまった。
どうしても「通りすがり」と聞くと他人と続く気がするから余計に冷たく感じるのかも。
それにしてもヘブン先生はずいぶんと寒そうだ。
あんかとか入れてあげてないのだろうか。
豆炭はまだでもあっただろうに。
昔の日本家屋は、木の雨戸に障子だけというのが普通だものね。子どもの頃、祖母の家がそうだったから、正月に泊まると本当に寒かった。囲炉裏とか、火鉢とかもあったけど、火が当たっているところは暖かいけど、背中はスースーして冷えたままだったし。特別な寒波でなくても、慣れてないヘブン先生にはきついだろうね。
小谷くん、デートに誘うのに成功したけど、まさか松野家で勝手に婿候補として盛り上がっているとは思ってないだろうし、まあトキとくっつくことはないとは知っているけど、前途多難だ。
久しぶりに三之丞の登場。相変わらず何やってんだか・・・。
河原で石を積むといえば「賽の河原」だけど、それを象徴する行動だと解釈すれば、本来、逆縁つまり両親より先に死んだ子どもが、賽の河原で石を積むもの。なのでまだ生きている三之丞だが、すでに心は死人であり、親不孝を償おうと石を積んでいるとも解釈できる。
でもねえ、世を儚むほど何かしたのか?あるいは何かしようとしたのか?
まあお坊ちゃまとしては、本人なりに頑張ったのかもしれない。けれど間違った方向の頑張りであり、そうなったのは自身の意固地さであり、誰からも学ぼうとしなかった愚かさゆえだ。たとえば目の前に教科書になり得るトキがいたのに。
ヘブン先生は寒がりだったんだね。
たしかに日本は断熱よりも通気性に特化した家屋だったし、このころは綿入れはあってもセーターとか毛糸のものとかはなかったし衣服もあったかくなかったんだろうね。
この年の冬は特に寒かったらしいから、火鉢だけじゃ辛かっただろうね。
お風呂も入ってすぐは暖かいけれど、湯冷めしてしまいそうだし、風邪ひきそうだ。
寒い冬とは対照的にトキの周りはほんわか温かな話が出てきた。
借金取りまで優しくて、少し笑ってしまった。
おや、トキに惚れる学生が出てくるとは驚いた。旧制中学の学生だから、まだティーンエージャーだよね。一方のトキはバツイチで22、3歳かな。まあ愛嬌も色気もある年上の女性にあこがれる頃かもしれないけど。
でも旧制中学の学生はエリートだし、将来を嘱望されている。なにもわざわざ貧乏で、バツイチで、このドラマでは誰も言わなくなっているけど、現実ならばらしゃめんだろうとの噂は絶えなかった筈の女性に惚れるとはね。正直、首を傾げる。
果たしてドラマとしてこの展開が必要だったか、ここから次第ではあるけど。
西洋にいた人に西洋の建物見せてどうするのよね。海外に行って日本食のレストランを勧められたって微妙でしょ。それより日本人が信仰してずっと守ってきた場所が見たいのは当然だと思うけどリヨとは趣味が合わないみたいだね。まぁでもトキが勧めた糸こんにゃくを見て発狂してのお別れじゃなかったことは評価したい。トキとリヨに因縁を持たせるのはかわいそうだしね。錦織がもう少し仕事ができればと思うのは望みすぎだろうか。とにかくいい男が出てこないのよね。
松江の西洋建築である庁舎をご案内。
これはヘブン先生が待ち望んでいた見たいものではないよね。
知事の策略でもあるのだけれど、西洋に憧れるリヨさんと、日本の神々の作った都に憧れるヘブン先生では見ているものも方向もまるで違う。
たくさんのキツネを見て喜ぶ先生と気持ち悪がるリヨさん。
ことごとく逆方向を見ている。
今は拗ねているリヨさんだけれど、この違いは決定的に諦めることに繋がっていくのではないか。
ランデブーへ行く先生に忠告の手紙を渡し損ねたトキ。
それは花を褒められたから。
そして、その花を描いてくれていることに心が弾む。
心とともにスキップも弾む。
その心が何なのか、本人はまだ気づいていないだろう。
明治になってお偉いさんたちは外国人が来ると、鹿鳴館だのなんだの西洋風のものばかり見せて、日本は西洋に負けていないと自慢することが多々あった。リヨみたいにね。外国人たちは表面では「すごい」と褒めていたけど、日記や国への報告などを読むと、真似だけで実が伴わないと馬鹿にされていた。
今の観光客を見ても、外国人が驚くのは日本の古い文化。小泉八雲というよりもラフカディオ・ハーンも、当然このヘブンもそちらに深い関心を抱いている。
さすがにもう明治維新以降に生まれた海外のものがなんでも素晴らしいという錯覚は薄れただろうけど、それは物質的な面であって、学問とか経済とか、政治とか、そういう面は輸入された考えを無批判に正しい、あるいは有効だと思い込んでやしないかな?
トキがスキップを学んだように、海外から学ぶのは大事だけど、日本人はそれをアレンジして進歩してきたんだしね。
朝から子供が稽古してくれと頼みに来て嬉々として向かう爺様は嬉しそうだが、キツいことを言えばそのくらいの歳の子にしか相手にされないくらいの人間だってこと。格なんてとっくにないんだよ。都合のいい時だけ侍で今度は恋ですか?稼ぎもしないでほんと嫌いだわー。錦織ももうちょっと使えるかと思ったけど全然仕事できないし残念な人。通訳以上でも以下でもない。大盤石が泣くわ。でおトキは女中なんだよね?仕事中抜け出して恋占いって‥。どうなってるの?
おリヨさんの願い通り、恋占いは遠くに沈んだ。
視聴者はヘブン先生とは結ばれないことを知っているわけだけれど、おリヨさんはヘブン先生とは違う遠くの人とご縁があるのだろうか。
棒読みのトキのやったー!がおリヨさんによくバレないものだ。
トキがいないことでヘブン先生が慌てて探していたのが意外で、言葉はあまり通じなくても信頼しているからこそ怒ったり怒鳴ったりできていたのかななんて思ったりした。
それにしてもおリヨさんとヘブン先生を引っ付けないためとはいえ、好物は糸こんにゃくと笑顔で言えてしまう錦織さんが恐ろしい。
きっとジゴク!ジゴク!となるのだろう。
それともトキの絵手紙が活躍するのだろうか。
リヨも勘右衛門も恋愛に酔っているけど、こういうのって相手があることだからね。いくら自分だけ盛り上がっても、ただのひとりよがり。相手がどう思っているかちゃんと考えた方がいい。
こうも独善的だとリヨはもちろん、勘右衛門の方もうまくはいかない感じがする。リヨの方は地元の歴史に関する無知ぶりは、ヘブンの好むところではないし、勘右衛門は相手が実は独り身ではない、そんなオチかな。
それにしてもヘブン先生、授業で何でもしゃべりすぎ。
錦織の仕事って、単に通訳というよりもアテンドだよね。でも現状はアテンドの多くをトキに頼り、今はただ私邸外の通訳と、知事の御用聞きでしかない。松江随一の秀才というのは看板だけかと思ってしまう。少なくともリヨのことにはもう少しコミットしてもいいんじゃないのかな。
そして勘右衛門だけど、これは本格的に春ですか。ホント、平和な人ですね。色ボケにならないようにお願いしたいところです。
一目会った時から気に入ったのはリヨの方だけだったのか?品の良さや教養の高さ、そして華奢な感じがヘブン先生の理想と重なったと思ったけどお熱なのはリヨの方だけか。まぁヘブン先生の思い人は外国に残して来ているみたいだし、一年の契約ももちろん知っていることだからあんまり女性のことは考えていないのかも。まぁそこは朝ドラ仕様ってことかな。リヨの方は親に反対されてもって感じだけど押しかけ女房にでもなるのだろうか。楽しみだ。