※まだ評価はありません。
| 脚本・ストーリー 3.8 /5.0(76.6%) | 434位 /1241件中 |
| キャスト 4.2 /5.0(83.4%) | 423位 /1241件中 |
| 演出 3.8 /5.0(76.6%) | 429位 /1240件中 |
| 音楽 3.8 /5.0(76.6%) | 316位 /1241件中 |
| 感動 3.3 /5.0(66.6%) | 418位 /1236件中 |
| 笑い 3.0 /5.0(60%) | 488位 /1236件中 |
| スリル・興奮 2.8 /5.0(56.6%) | 834位 /1233件中 |




3.83 / 5.0 (回答者数6人) 403 位 / 1238件中
| 脚本・ストーリー 3.8 /5.0(76.6%) | 434位 /1241件中 |
| キャスト 4.2 /5.0(83.4%) | 423位 /1241件中 |
| 演出 3.8 /5.0(76.6%) | 429位 /1240件中 |
| 音楽 3.8 /5.0(76.6%) | 316位 /1241件中 |
| 感動 3.3 /5.0(66.6%) | 418位 /1236件中 |
| 笑い 3.0 /5.0(60%) | 488位 /1236件中 |
| スリル・興奮 2.8 /5.0(56.6%) | 834位 /1233件中 |
初々しい大学生の頃の文菜の恋愛話だったけど、これがピュアな恋愛で、今の恋愛がそうじゃないということではないと思う。あくびの事とか、知ってしまえばなんでもない話だけど、他人と他人がつきあうということは、こういう小さな違和感が積み重なるということでもあるし、隠れた気苦労とか隠れたギャップも積み重なる。そういうのが澱みたいになってしまう関係と、そうじゃない関係があって、そう簡単なものじゃない。
どんな恋愛も嘘があり、本当がある。どんな恋愛も壁があり、そこにはいろんなヒビがあるんだと思う。
まだまだ文菜がピュアで真っ直ぐだった頃の恋愛模様が描かれていて、ありそうな状況にかなり感情移入できました。
武は良い人だけど何だかな、という違和感の覚え方や、最初の頃の二人の温度差などがかなりリアルで、付き合うまでの過程もキュンキュンするところと
何だか上手くいかなさそうだな、と感じるところが面白かったです。
文菜はこんなに真っ直ぐな感じだったのに、どうして今みたいなフラフラした女の人になってしまったのかも気になリました。
恋愛ってお互いに向き合う時間と同じ方向を向く時間とが共存したものだと思うんだけど、文菜と二胡は似た感性を持ったところがあるので向き合っている時はうまく行く。でも同じ方向を向く時は同じ作家としてのどうしようもない欲みたいなものがあるからうまく重ならない。人としては互いに嫌いにはなれない。でも作家として最初は旗を振ってくれた二胡の小説も、今の文菜にとっては「必要のない小説」だった。
二人はなんだかんだ言って、小説家であることを止められない。そうである以上、別れはしかたなかったんだろうなと思える。
小説家の感性はよくわからないけど、きっとゼロから物づくりをする人たちは、同業者にいつも嫉妬しながら評価し、でも自分は違うと思うものなんじゃないかな。
でも凡人には文菜を振るなんて、もったいないと思ってしまう。回を追うごとに文菜という人間の孤独感と共に、魅力もまた強くなります。
文菜の立場なら、それは思うこともあるし、嘘もつくよね。場を壊さないための優しい嘘、そして自分に向かってつく嘘。弟ちゃんの言う通り、必要なら別にそれでいい。それで壊れるとしたらIFの世界だけだし。
まあ確かに恋愛はタイミングにいろいろ左右される。遠距離だとか、若かったとか、アロマンティックとか、それぞれいろいろあるだろうけど、結局はタイミングによって許せたり許せなかったりする。きっと良いタイミングで多少の強引さが重なれば、大きく変わっていたことはたくさんある。でもそのトキは選べなかったという事実がすべてなんだけど。
さて文菜の明日はどこへ向いているのかな。
なるほど。恋愛の正解のない正解探しか。
文菜は男性目線だと小悪魔だけど、女性目線だと違うんだろうね。
他の登場人物もいわゆる「アロマンティック」とか「アセクシャル」とか、女性たちは自分に悩み、男性たちは相手に悩んでいる。まあ男性も結局は自分に返ってくるんだけど。
何にせよ、個人的にはそもそも答えのないものだから、いくら問うても答えはでないと思うね。だけど文菜みたいに同棲を求められれば、答えを出すしかないから悩む。堂々巡りだね。
そういう時はどうやっても正しいし、どうやっても間違っている。矛盾していてもそう思って決めるしかない。恋愛の答えはどうしても最後にそういう勢いとか嘘とか打算がある。それも含めての恋愛だと思うけどな。
これはもう映画。撮影の画角や質感などはもちろん、役者の演じ方も演出も、間違いなく映画を意識している。それがどこか空間とか間を感じさせ、妙な寂莫感を生んでいる。
そして主人公の文菜はフランス映画によく出てくる小悪魔的な「ファム・ファタール」の要素を持っている。文学的というか哲学的な問いかけをしながらも、コケティッシュな魅力があり、小さな棘のよう。
文菜は作家だし、小説のための生き方なのか、生き方が小説になったのか、それは卵が先か鶏が先かみたいなことなのだろう。
見る人を選ぶ、今ならばネトフリとかで配信されるタイプの作品だとは思うけど、地上波のドラマとしては異色だし、いずれにせよ意欲作だろう。注目作なのは間違いない。