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| 脚本・ストーリー 3.7 /5.0(73.4%) | 556位 /1274件中 |
| キャスト 4.0 /5.0(79.6%) | 595位 /1274件中 |
| 演出 3.8 /5.0(75%) | 514位 /1273件中 |
| 音楽 3.6 /5.0(71.6%) | 507位 /1274件中 |
| 感動 3.5 /5.0(70%) | 328位 /1269件中 |
| 笑い 3.0 /5.0(59.4%) | 550位 /1268件中 |
| スリル・興奮 3.6 /5.0(72.6%) | 353位 /1266件中 |




3.67 / 5.0 (回答者数60人) 516 位 / 1271件中
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| キャスト 4.0 /5.0(79.6%) | 595位 /1274件中 |
| 演出 3.8 /5.0(75%) | 514位 /1273件中 |
| 音楽 3.6 /5.0(71.6%) | 507位 /1274件中 |
| 感動 3.5 /5.0(70%) | 328位 /1269件中 |
| 笑い 3.0 /5.0(59.4%) | 550位 /1268件中 |
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慶が前の結婚で子供を産んでいてその子を取り戻す、エピソードとしては良かったんだけどここまで来るのに何年かかったのよ?って言うのが素直な感想。それまでずっと同じ屋根の下に暮らしながら他人のように暮らしてきたのが不自然だし豊臣家は気が長いなとも思った。その気の長さが慶の心を開かせ恨みの気持ちも溶かしたのだと思うけど長すぎる。やっと慶も小一郎と夫婦らしくなり子供も一緒に住めるようになったところに彼岸花‥幸せは長く続かないのか?と不安になった。
小一郎のことは秀吉の弟だったことや跡継ぎがいなかったこと、多少の戦の功績などわかっていることは少ないのだろう。
だからこそ、妻のことなどわかるべくもなく。
跡取りとなる男児を手放せないのは家意識の強い時代なら良くある話。
一夫一婦制でもなく乳母なども普通にいた時代だから、連れ出そうとする母を切り捨てるなんてことも絶対にないとは言い切れない。
だからといって刀を抜けなくなるなんてことはなかっただろうけれど。
こんなにひどい過去を用意したのだ。
まさかなおのことをもう一度語らせるためだけではないだろう。
この話にどういう意味を持たせるつもりなのだろうか。
慶は後の慈雲院で間違いないようだね。よく事績がわからない人だけに、ドラマとしてはいろいろ作りごたえがあるところでしょう。奥田瑛二さん、嫁を斬りつけ、後悔する男の恐ろしさと哀れさが見事に感じられました。
子にした与一郎も同じく事績がよくわからないけど、早世しているようだし、彼もこの後どのようなキャラとなるのか見どころになりそうです。
上杉攻めから離脱した秀吉ですが、結局、柴田勝家は謙信に大敗するしね。松永久秀の離反も起こるから、信長にとって正念場のひとつだったし、罰したくとも秀吉という有用な手駒を失いたくない時期ではある。それを秀吉が読んでいたとは思わないけど、大事を成す人には天運もあるってことかな。
士官のテストは面白かったね。自分なら最初の関で慌てふためいて帰ると思う笑。傍若無人に映る様も、戦場では当たり前にあることだし動じない胆力や考察力も必要だ。他の関でも思ったまま動いた方がいいのか裏をかいたら良いのかなどペーパーテストでは測れないもっと深い人間性と能力を見られる試験で興味深かった。そしてなにより藤堂高虎という良いキャラが爆誕!!自分が落ちても相手を祝う潔さと優しさが素敵。今後1番の推しになる予感がします。
よく言われるけど、秀吉にとって最大の弱点だったのは、子どもと子飼いの配下が少なかったこと。
今回出てきた武将たちも関ケ原の合戦では、加藤清正、福島正則、平野長泰、藤堂高虎は家康の東軍に属したしね。まあ果たして関ケ原が豊臣vs徳川による天下分け目の決戦と認識されていたかは怪しいし、最近の説では単に秀頼を傀儡として権勢を振るう石田三成を排除したかっただけかもしれないとも言われている。
いずれにしても、あまりに脆い家臣団だったし、彼らを頼もしげに見つめる豊臣兄弟の姿を見ると、ちょっと複雑な気持ちになりました。
あっという間に長篠の戦まで終わってしまい、出てくる武将たちも様変わりした。
豊臣兄弟、それも弟の方が主役なのだから関わり合いのない話はすっ飛ばすのだろう。
徹底している。
あの時代に士官のための試験があったかどうかはさておき、今の感覚で見るには楽しめる。
藤堂高虎が秀吉ではなく弟の方に仕えた経緯としても面白い。
農民の出であることを隠さないのは、周りとの近さをアピールすることにもつながるけれど、侮られることにもつながる。
安物の反物を売りつけられそうになっていたり、実際にはそういうところは避けては通れないだろうね。
そういうことを乗り越えて天下を取るのだから、やはり些末なことにはこだわらないというのは大事だったんだろうか。
市が長政の介錯をするとは驚いた。最期は自分の手で少しでも楽に終わらせてあげようと思ったのかなと思うと切なかった。返り血を浴びて自分の中に長政の魂を入れて逃げたかったのかな。ここまで愛した人が実際はどう死んだのか1人だったのか伝え聞くしかできなかっただろうからこうできていたらいいなの世界かなと思った。これから長政を殺した信長の元へ行くお市。明日も誰かの大事な人が死ぬ、誰にとっても幸せが儚い時代は切ないね。
浅井も朝倉も将軍の器というのを見誤ったということなのだろう。
それと、自分の周りのことで手いっぱいの武将たちが多かったということもあるだろう。
信長が勝ち残っていったのは、ほんの少しの積み重ねの結果なのではないだろうか。
秀吉たちまでが天下を考えているということは、当然長政たちの方が具体的に狙っていたともいえるわけで。
実際はそうはならなかったけれど、拮抗していた瞬間もあったわけだからやっぱり少しの差だったんだろうな。
万福丸が見つからなかったと言っていたけれど、今回は例の件やらないのかな。
秀吉とお市の仲がどうなっていくのか、どうきっかけを作るのかも気になるところだ。
まさかのお市様が長政殿の介錯するとは驚いた。
さすがに、これは無理があるのではないか。
現代人は結果を知っているから織田信長を高く評価しがちだけど、当時の状況を考えれば、信長は朝倉や六角、三好三人衆、美濃の斎藤の残党、武田、本願寺、一向一揆などに囲まれていて、そこに名ばかりとはいえ将軍まで信長討つべしと旗を上げれば、趨勢は信長不利だと誰もが思っただろう。朝倉との関係はあったとはいえ、浅井長政にもその計算はあったと思う。だからドラマ中で長政が天下を狙ったと言ったのは無理があるとしても、信長を越えようとしたというのはあり得たと思う。
実際にはお市が介錯するわけはないけど、ドラマとしては悪くない。どうせならこの後に再婚相手となる柴田勝家も介錯し、自らもという展開も悪くない。そんな強いお市も見てみたい。
朝倉・浅井が逃げ込んだことが比叡山の焼き討ちに繋がった。
この時に、明智は命令通りすべてをなで斬りに、秀吉は女子どもは逃がしたと言われている。
命令通りに動いた明智を信長は重要視して坂本城の主に据えたようにも見える。
でも、坂本は比叡山のお膝元。
明智を好意的に迎え入れる人などいなかっただろうし、なかなかに難しいところへわざと据えられたようにも見える。
ふたりは宮部を調略することを命じられたが、宮部が織田方へつく条件として万丸が人質として差し出された。
ドラマでは養子と言い換えられていたけれど、この当時の婚礼なども人質の側面が強い。
いのちを持って二つの家を繋ぐ。
万丸が出されるまでをこんなにも丁寧に描いたドラマは今まで見た覚えがない。
小一郎がずっと見守ると言っていたのも最後描かれるかどうかわからないけれど完全に伏線だよね。
家康も幼い頃から人質だったわけで武家の子なら珍しくない話だけど、こうやって泣いた母がいると思うと自分事になって身につまされる。肌身離さず慈しんで来た子供をある日突然人質に出せと言われて二つ返事する親はいない。トモの気持ちを考えると泣けて仕方がない。ただその先で実の親が人質の親と会うことはあったのだろうか。あんな和やかに安心してと話すのがすごく違和感。それもその時代ならではの価値観ということだろうか。
ともの息子ということは、後の豊臣秀次ってことだよね。そう考えるとこの養子話にわざわざ時間を割いたのは、将来の因縁を暗示しているようで意味深だ。この後、宮部から三好の養子になり、それから羽柴となって秀吉を継いで関白となり、最後は切腹。一族はほぼ打ち首。長生きしたともはその一部始終を目にしたわけで、それを思うと彼女の想いが余計に強く響いてくる。
比叡山の焼き討ちだけど、比叡山の発掘によってそこまでの虐殺ではなかったという説もある。神仏を信じていた時代だけにそのインパクトは大きく、結果も殊更誇張された可能性は大きい。
ドラマとしては明智光秀と秀吉のコントラストが色濃く描かれていて、柔軟さに欠ける光秀に対し、融通無碍な豊臣兄弟の差はまさに光と影のようでした。
殿(指導者)にどんな大義名分があったとしても戦う人は目の前の敵と相対して思うことは、死なないために殺すこと。それ以外ないんだよね。目の前で繰り広げられている殺し合いに武者震いする小一郎や戦いが終わった後の赤く染まった姉川に佇む2人など、戦うとはどういうことかをしっかり見せてくれるところは評価したい。どれだけ残酷だということを人間は忘れてしまうのだろうか。それが今も続いているってなんて愚かなんだろうと思う。
このところの大河では戦国物でもスケールの小ささや、なんだかきれいごとに見えるのが少し気になることがあったのだが、今年の大河は血生臭さが画面から溢れてくるような気がすることがある。
姉川の戦いもおびただしい数の戦死者が川面をうめたと聞いていたし、それをきちんとやることで小一郎が今までのように甘くはいられない状態に置かれているというのが分かりやすかったと思う。
小一郎の転換点が姉川の戦いだったとこの作者は考えているのだろう。
これをきっかけに小一郎の描き方が何か変わるのだろうか。
姉川の合戦。頑なに人を殺めるのを避けてきた秀長が敵を切り捨てていくシーンから、切羽詰まった凄惨な戦いを表現したかったのだろう。桶狭間ではなく、わざわざ姉川にしたのは、信長と信行(それを彷彿とさせる長政)兄弟と豊臣兄弟のコントラストを出したかったのかな。
お市の方だけど、当時の慣例からすれば織田方に帰される筈。よく言われるように長政との仲が良かったのかどうかわからないが、少なくとも「首を切って」などというバカはいなかったと思うけど。そんなことをしたら誰も朝倉や浅井を信じなくなる。戦国の世でも倣いはあったからね。
これもう天下取りの話じゃなくて、兄弟が互いに依存し合って生き延びる話だろw
秀吉、信長キレてる中でいきなり自分の足刺すの意味不明すぎて笑ったけど、それを背負って逃げる秀長も大概おかしいし、鼻に指突っ込んで生存確認はギャグなのかガチなのか分からんw
結局この2人、天下とか主君とかどうでもよくて「兄(弟)が生きてるか」しか見てないのでは?って思えて怖い。
美談っぽく見せてるけど、普通に執着えぐい。仲良しっていうか普通に共依存。
これまで何度も描かれてきた兄弟の確執。
そうか、この義兄弟の確執にもつながるのか。
豊臣兄弟に出会い、いろいろ試しても壊れない兄弟の絆を見て、少しずつこういう兄弟もいると思えた。
長政の市に対する態度や、実際に相撲をとったりして触れ合うことで義兄弟でも同じように信頼できる兄弟になれると思ったのだろう。
朝倉が浅井に圧力をかけていることも知っていたけれど、長政が説得するという言葉を信じた。
気持ちはわからないではないけれど、柴田からの報告に市からの白紙の手紙、両方を見てもなお長政を信じようとした信長は以前の信長とはだいぶ違っている。
でも、これでやはり他者を信用してはいけないと思うのだろう。
浅井が信長を裏切ったと知って信長を切ろうとした公方様。
やはり、この方はこのドラマにおいても浅はかだし軽々しい。
ここから転落の一途になってしまうのだろう。
何があっても信頼できる兄弟。
それは意外と貴重な存在だったのかなと改めて思う。
歴史ドラマって史実に忠実なところとフィクションのバランスが大事だと思うんだけど、この信長の逃亡劇はフィクションパートとして秀逸だったし面白かった。
信長は実弟の信行と浅井長政を重ねるところに彼の心情を感じるし、それを打ち破る秀吉も見事だった。更に信長が将軍と謁見した時の表情も冷徹な迫力があった。これで長政は決して許されないだろうと視聴者は理解したと思う。
秀吉が常人とは違う異才ぶりもはっきりと見えたし、家康がそこに怖さを感じたのも理解できる。
戦国覇者の三人三様が見られたのも見事。
この時代は一人一人が主人公でその目線で書かれたドラマや書物がたくさんあるから一つの出来事もいろいろな解釈があって面白い。今回は浅井の裏切りと秀吉の殿に繋がる物語。指名されて殿になったドラマをたくさん見たから自らは新鮮。それも信長の気持ちを和らげようとしたんだから大したもんだ。浅井の裏切りにあんなに気落ちしている信長も初めて。みんなの息遣いが聞こえるような泥臭い戦は臨場感があっていい。人と人がぶつかるって綺麗事じゃないよね。
信長も信長に生まれなかったら受けられた愛情もあっただろうと切なくなるけど、信長に生まれたからこそで恵まれたことも成し得たこともたくさんたくさんあるから人生って難しい。お市のように愛され子供を3人も作りながらも間者のようなこともしなければならないこの時代に人を信じるなんてことはお題目なのでは?と思ってしまう。そこに心底信じ合っている秀吉兄弟は眩しいのだろう。信長も長政と束の間の夢を見た。人の情ほど手に入れられないものはないんだな。
万福丸を朝倉に取られているから仕方なく朝倉に寝返ったということか。
昔から言われている説かな。
この時代なら、一人の息子の命よりもお家存続のために勢いのある方に付くという決断をする家もあるような気がするのだが。
それを盗み聞きしていた家臣がお市に知らせ、そこから柴田経由で信長に知らせる。
いつぞやらの女性がひたすら走るよりは真実味がある話ではある。
柴田経由で信長に知らせたのは、輿入れの時の約束があったからだろうか。
長政がやたら優しい男に描かれているが、元に戻ってと言われていたから元々は猛々しい武将だったのがお市のせいで変わったということなのだろうが、あんまりそんな風に見えないのが少し残念なところ。
浅井長政が信長を裏切った理由は、もっとも古典的な説に従った感じですね。個人的にはここまでフィクションが多い作品なら、もう少し攻めた理由でも良かった気がします。
信長と浅井氏が同盟を結ぶ際、信長に朝倉氏との対立は避けるよう約束したのを、信長が破ったため、朝倉氏と深いつながりのある浅井氏は信長に歯向かった、ということだけど、浅井氏はもともと朝倉家と対立する京極家の家臣だった。そして朝倉氏や織田氏よりも、よほどこの時代らしい下剋上で京極氏を追い出した家です。なのに浅井亮政と名将朝倉宗滴との間に何らかの盟約なり密約があったのか、急速に両家のつながりが濃くなる。浅井氏はその後六角氏に服従してもなお朝倉氏を頼るくらいだからね。
そのあたりを突いて、長政が信長を裏切らざるを得なくなる特別な理由を考えて欲しかったかな。そしてそれを予測していた竹中半兵衛みたいなパターンもありだったかも。
浅井・朝倉の密談の場に信長乱入はさすがに無理がないか?
今後の流れを考えても、浅井を信じて後ろを任せて裏切られて挟まれる展開がわざとだったとでも言うのだろうか?
茶々を秀吉が抱くシーンはちょっとゾッとした。
これも本来は身分の違いから無いだろうシーンだけれど、そっと出てきた万福丸とのことも今後を知っていてこそ楽しめるシーンだ。
豊臣兄弟と言いながら、そこはやはり秀吉中心の逸話になりがちで、それはどうしようもないことかなと思いながらも少し残念でもある。
家康のドラマでは市は家康と懇意にしていて茶々を抱かせていたけど、主人公が変わるとその辺は臨機応変なのね。まぁ秀吉が茶々を抱く方が因縁が深いから興味深い。でもそんなに歳の離れたおじさんに嫁ぐことになった茶々を憂もした。そして再三出てくる秀吉の女遊びの件、いやいやねね様これからが大変ですよと思わずアドバイスしたくなる。この夫婦に子供がいたら‥たらればだけど徳川の世が来なかったかもしれない。でも側室の数は変わらなかったろうね。
女好きの秀吉の弟とは思えないくらい秀長の女性関係は地味。その上、出自や事績などもはっきりとわかっていない。でもこの時点での秀長と安藤守就の娘ではちょっと釣り合いがとれないんじゃないかな。養女の可能性もあるけどね。まあ後に安藤は信長に追放されるし、その関係で夫婦関係のドラマを作りやすいという脚本家の意図があるんだろう。何より吉岡さんが凛として美しかったから良しとしよう。
秀吉がまだ幼子の茶々を抱くシーンもなかなかあざとい。当時の秀吉がそんなことができる立場なわけがないし。まあそこは演出ということで仕方がない。注目したいのは浅井長政。この感じだと朝倉との関係を重視して信長を裏切る展開だろうか。将軍義昭を絡めるのかな。
三好三人衆に取り囲まれての本圀寺の変。
門を出ていく小一郎の鼓動がこちらまで聞こえてきそうだ。
とっさの機転で時間を稼ぎ、秀吉は堺の武士たちをお金で雇い駆け付ける。
将軍を守り抜いたということが、また強みになっていくのだろう。
戦いだと言ってお市は嫁いだが、夫君の優しさに取り込まれていく。
義父が信長との縁を阻もうとすればするほど思いは募るけれど、優しさは逆に働く。
このあたりはリアルだなと思った。
三好三人衆は所詮、三好長慶が残したものを食いつぶしただけで、大した連中じゃない。見るべきはやはり松永久秀だよね。
それはともかく「本圀寺の変」には信長はわずかな騎兵でかけつけたとされているけど、籠城戦には関わってないから、秀吉兄弟がいるのはともかく活躍するのはかなり違和感がある。援軍も細川藤孝たちだしね。フィクションを組み込むなら、もっと裏方としての支援を考えた方が良かったかな。
堺衆だけど、今井宗久はいち早く将軍義昭や信長と通じ、信長が矢銭2万貫を求めた時にはそれを後押ししているはず。そういう史実はもう少しちゃんと踏まえた方がいいと思う。
政治のために顔も知らない相手のところへ嫁ぐのはお市とはいえ心細かったのだろう。そこに藤吉郎を呼ぶっていうのはそれだけ心を許していたってことなんだろうけど取ってつけたようなエピソードだなと思った。そこを寧々のためにいかないっていうのは後々数々の側室を迎えマメに尽くしていた秀吉ならではだろう。浅井も気遣いな人に書かれていたがあながち間違ってはいないだろう。その先の史実を知っているからなんとも切ない。人が簡単に死ぬ世はもう来ないでほしいと願っている。
足利将軍家はとっくの昔にただの神輿になっていたし、三好長慶が将軍義晴らを京都から放逐した時点で事実上、幕府は終わっていた。力でそれに対抗しようとした義輝が将軍ながら斬り死にしたのを知っている義昭とすれば、信長に協力を仰ぐためには、ある程度低姿勢であったろうと想像はできる。
とはいえ信長はもちろん義明自身も、神輿としての軽さを自覚していたはず。だからこその政治的な駆け引きがもっと見たかったですね。
豊臣兄弟としては、どこでその政治の流れに関心を向けるようになるのか。そこが半兵衛の活躍のしどころでもあるのかな。
今回はお市の浅井への婚礼と上洛。
この先の話を分かっていたら、浅井への手紙を書くために藤吉郎を呼び出した際の寧々との会話や、婚礼についてきた勝家をからかったりのシーンはそれなりに面白いなと思う。
小一郎の作り話も調べたの?って一瞬思わせる効果があるし、今後その通りになっていく。
ただ、信長の心中や時代背景を考えた時、その場の幸せは続かない。
将軍の座すら安泰ではないのだ。
次の将軍になるべく足利義昭は信長を頼り、上洛を果たしたまでは良いけれど副将軍職を断られ、相手の心の内が見えず疑心暗鬼になっている。
信長と義昭との決裂は近そうだ。
街中の荒廃した様子と、金を撒いて人心を掌握しようとする様子が何でもありだったのだと思わせる。
多くの武将が出て来て、顔と名前が一致する前に退場しそうな人たちもたくさん。
本当にこの時代を駆け足でやるなら名札付けていて欲しいと思ってしまう。
そう言えば初回からナオは小一郎に「私ってすごいな。小一郎ならそう言うと思ってた」と度々言っていた。
毎回しっくりとは来ず、気になっていた。
なるほど、ナオは早くに退場する代わりに小一郎の背中を押すだけでなく全面的に肯定し続ける存在なのか。
振り返れば最初からそういう流れだったのかもと思えるし、これからも小一郎の心の中で支える存在になるんだろうな。
そして竹中半兵衛が本格的に出てきた。
三顧の礼だとか、いかにも軍師的な表現が出てきたけれど、斎藤龍興の酷さが織田へ乗り換える要因にしか見えない。
誰につくかはこの時代死活問題だったわけで、結局のところ付いていきたいと思えるかどうか、勢いがあるかどうかが大事だったのかもと思う。
そういう意味では藤吉郎と小一郎は乗ってみる価値があると思えたということか。
それにしても戦国の世も描きにくくなったものだ。
カッコよく、理想を追い求めるなんてこと実際に考えていたとは思えない。
どんなにきれいごとを並べたところで、どんどん嘘くさくなるだけのような気がする。
争いを無くすために強くなるって言うけど天下を取るまでに一体何人死んだのだろう。大義名分があれば人を殺すことは仕方ないと見做されていた時代に現代の気持ちを乗せると違和感が出てしまうし、これだけ価値観が変わった今万人ウケする時代劇はもう作れないんじゃないかと思う。それで直の死という自分の愛する人の死にすることで共感を得ようとしたのだろう。争いは無くならないけど無駄な死は避けられる、今なお戦争が止まないことを先人達はどう思うのだろう。少し虚しくなった。
喜左衛門はさすが直の父親だ。いいところを持っていきましたね。これで小一郎も少しは吹っ切れた筈。でも最近の大河ドラマは先にある争いのない世の中のための争い、という構図というか、言い訳が多いよね。個人的には嘘臭いなと思ってしまうけど。
竹中半兵衛だけど、まあほとんど伝説というか、よくわかっていない人物だしね。戦国ものの人気者でもあるから格好いいのはしかたないんだろう。でもこれだと信長というより、秀吉に仕えることになる動機が弱い気もする。
一夜城は有名な話だけれど、一夜で城が成った程度の知識だったから、まさかの一夜で消えるという話に驚いたし、儚く燃えるあの画を見てしまうと伝説になるよねとも思う。
実際がどうだったのか確かめるすべもない訳だけれど、それでも敵を引き寄せる罠としての機能はなるほどあるだろうと思える。
それにしても上手くいくことといかないことが上手く配分されていて、知っている武将たちの話なのに飽きさせないなあと感心する。
戦が多くて農地が荒廃していくのは今までの大河でも触れられていたことがあったけれど、そのせいで諍い争いが起き、直が犠牲になるとは思いもしなかった。
素直で優しすぎる主人公が次の段階へ進むための人柱的な扱いにも思えるけれど、どうしようもない悲しみが人を強くさせることは良くあること。
慟哭が悲痛ではあるけれど、次回以降が少し楽しみになった。
墨俣一夜城に関しては、虚実は別にして秀吉関連の有名エピソードだし、ドラマにするなら採用したいい話ではありますね。
普通は一夜で作ったから一夜城と呼ばれるわけだけど、一夜で生まれ、一夜で消えたという演出は何とも言えない余韻もあり、なかなか良いシナリオおよび演出だったかなと思います。秀吉のセリフも良かった。
これからの歴史ドラマを考えるに、参考になる演出回だったと思います。
直のシーンが多かったからこの先長くないのかもって思っていた矢先、やっぱり死んでしまった。侍からしたらどうでもいい小さい事に巻き込まれて死んでしまったことが今後効いてくるのか?ただ幸せの絶頂での死はやっぱり辛い。この先孫を抱いて遊びにくる未来があったかもと思っていたとと様は後悔してもしきれないだろう。墨俣城は立派に後世に語り継がれた、影ではたくさんの直のような小さな死がある。ダイナミックな視点と市井の人の視点があって良い。
秀吉と秀長は切っても切れない関係なのだろうが、どうしても物語が秀吉中心に回ってしまうのは仕方がないことなのだろう。
だとしても秀長が良い人に描かれすぎているように感じる。
おっとりとしていて、自己主張に欠けていて、兄のことが大好き過ぎる。
あんなだったら直でなくてもそばにいるのが怖くなってしまうだろう。
祈るしかできないという不安や恐怖を、たった一晩だけでも味わった小一郎。
直との関係も、周りとの関係も変わっていくだろうか。
墨俣一夜城への足掛かり的な回でもあったが、前野長康と蜂須賀正勝との亀裂を修復するのが兄弟力というところが、このドラマのテーマが「兄弟」ということでもあるのだろう。
兄弟で敵味方に分かれることも殺し合いすることもあった時代に、あまり兄弟の絆や家族力みたいなのを前面に出されると何時ぞやらの大河に近づいてしまう不安がある。
それでも、どうして墨俣が難しい地だったのか、それをどう攻略しようとしているのかということが分かりやすくて面白いと感じた。
仕事で家を出ればいつ帰ってくるかも分からない、今どこにいるかも分からない。そしていつ死ぬか分からない。今からは到底想像もできない世界にいるナオ。好きになればなるほど心配は尽きなくて、苦しくて仕方ない。ほんと身がもたないよね。秀吉も寧々とやっと夫婦になった。寧々を大事にすることは変わらないけど、山ほど浮気をするんだよなって思いがチラチラしてしまって素直に喜べない。今の時代と価値観が違いすぎて時代劇も難しくなったなと思う。
ま、最初から信長を殺すつもりなら得意の石礫だよね。肌身から離した武器なんていざという時なんの役にも立ちはしないからね。大沢としては信長に仕えるために出てきたのに、ここまで仕組まれてしまっては八方塞がり。死ぬか出家かしかないだろう。で、信長の魂胆だけど自分が兄弟に恵まれなかったから兄のためとか弟のためとか言ってる2人が目障りだったのだろう。そしてその心がどこまで本気なのか見て見たかったのかもしれない。そんなことで生きるか死ぬかがここまで迫るドラマはストレスが多く、見続けることができるか不安だ。
今更、マンガ的になりすぎている信長像をどうこう言っても仕方ないのだけど、実在の信長を考えるに情で訴えてどうにかなる相手ではない。なのでそこは秀吉と秀長らしいトリッキーな発想による利を説き、信長を納得させて欲しかったと個人的には思う。信長の合理性と秀吉たちの発想力の勝負という感じが見たかった。
それにしても秀長は良い人すぎる。この時代に現代風の「善人」いない。この時代の「良き人」はこうじゃないと思うのだが。もちろんドラマらしく現代的解釈はあってもいいけど、信長みたいにほぼマンガになってしまうとね。逆に本当の信長のすごさも伝わらなくなる。
考えさせられる回でした。
苦無は、実は信長の命による仕込みだった
藤吉郎も事前にその筋書を知っていた。
その上での小一郎の必死の訴え。
それに応える次郎左衛門の決意。
素晴らしいドラマでした。
最後に、実は次郎左衛門も密かに必殺の石礫を隠し持っていた、というオチ
御前試合の取り組み表に細工をした小一郎。
あそこまで差があったらバレるだろう。
ただ、闘わずに勝ち筋をつけるというのは、この時代を生き抜くためには大事な能力だったかとも思う。
そのおかげか次郎左衛門の調略を申し付けられる。
家族総出で偽の噂を流し、ふたりは鵜沼城に乗り込む。
藤吉郎の熱意に負けて藤吉郎だけを鵜沼に残し、次郎左衛門は信長のもとへ向かう。
さて次郎左衛門はどう扱われるのだろうか。
あの武器は誰が仕込んだものなのか。
信長の首を持って斎藤家にふた心無い証としようとしていたと思われても仕方ないように見える。
それに恩義のある斎藤家を裏切って織田家へ下るような人物を信長が丁寧に扱うとは思えない。
次回は血生臭い展開になるのだろうか。
史実では大沢次郎左衛門は信長に殺されてはいない。でも信長に殺されそうになったという説はある。信長の死後になって再び名前が現れ、秀次に仕えることからして、どこかのタイミングで秀吉に従ったのは間違いない。このドラマでは秀吉と秀長が大沢の命を助け、いずれ仕える伏線にするのだろう。
猜疑心が強いことで有名な信長だし、それとは違ってひとたらしの秀吉という構図をまず描くということでしょうか。
でも秀吉と秀長、二人で一人という感じが強すぎないかな。それで秀吉という人物の異質性が失われてしまわなければいいけど。
期待してた桶狭間、開始25分で義元の首が飛んでて笑った。歴史好きからしたら「ショボい」って怒るレベルのスピード感だけど、このドラマの主役はあくまで「兄弟」なんだよね。
個人的に痺れたのは、小一郎がトンビを見て雨を当てたシーン。「気象予報士・小一郎」の爆誕。百姓の知恵で戦を動かす展開は、ジャンプっぽくて熱い。
小一郎がまだ人を殺すのにビビってるのも、初陣のリアルが出てて良かった。
あと、最後にお金(50貫)をしっかり要求する図々しさ、最高。きれいごとだけじゃない兄弟の感じが、逆に推せる。
ずっと引っ張ってた「父の仇」の城戸小左衛門、まさかの退場。もっと粘るかと思ったけど、戦場のカオスであっさり死ぬのがこのドラマらしい。
最後、城戸が兄弟を撃とうとしたのか、実は助けてくれたのか、はっきりさせない演出が不気味で良かった。小一郎がとどめを刺せなかったあとの、あのなんとも言えない空気。藤吉郎が父親の形見の袋をずっと持ってたのも泣ける。
復讐がスッキリ終わらないあたり、脚本家が「戦場ってこういうもんだぞ」って突き放してくる感じ、嫌いじゃない。
これまでのところ、率直に素晴らしい作品だと思います。
誰もが知る、信長の草履を懐で温める場面や、桶狭間の戦い等に新解釈を加えながら史実をなぞってゆくドラマの作り方が秀逸。歴史上の場面を実際に見た人間などいるはずもなく、大河ドラマだからと言って従来の通説を正確に表現する必要など全くなく、これからもこの兄弟を存分に活躍させてほしい、と期待します。
主人公とはいえ秀長を良い人にしすぎじゃないかな。確かに秀長は若いころから前線で戦うよりも裏方役として活躍したと伝えられていますが、兵農分離前の農民は戦う農民。明智光秀とか穴山梅雪も落ち武者狩りという名もなき農民にやられている。そもそもまったく戦えないのに戦場に出て、生き残れるわけがない。大して強くはないという程度ならわかるけど。それなら武に長けた柴田勝家に秀吉と共に侮られるのにも納得できる。
秀長も後の四国攻めでは総大将として長宗我部元親を降伏させているし、まったく戦えないヘタレというのは行き過ぎかな。自分の体で戦うセンスがないで良かった気がする。
信長もこれだとどこが「うつけ」なんだろう?うつけは端的に言えばバカってこと。少なくとも桶狭間以前はそう見られていたわけで、もう少し戯けた要素があってもいいのでは。これだとすでに視聴者が信長に関する知識やイメージを持っていることを前提としているように感じる。それはどうなんだろう?
演出として大事なのは秀長から見て、信長が「うつけ」に見えないと、自分の世界の狭さや信長の才に気づき、褒美を遠慮するシーンが生きてこないと思う。
展開が早いのは事実。
でも、雑ではない。
有名エピソードを引っ張らずに処理して、
その分キャラの判断と反応だけを見せてる。
草履、築城、全部「知ってるでしょ?」で済ませる割り切り。
史実の再現より、物語の速度を優先してるのがはっきりしてる。
雨予測はさすがに漫画だけど、
百姓の経験値って理由をつけたのはうまい。
信長に評価されるプロセスとしても納得できる。
重厚さはないけど、停滞もしない。
これはこれでアリ。
小一郎は頭が回るんだな。
藤吉郎はその場で息を吐くように出まかせを言う。
小一郎はそこに理屈を引っ付ける。
有名な草履を温めるシーンが、小一郎の判断の速さと正確さを印象付けるシーンになっていた。
この二人が組めば無理も通ってしまう危うさがある。
いよいよ桶狭間。
二人には隠れた使命がある。
今川義元との戦に紛れて、城戸の首を狙う。
このあたりは創作なんだろうけれど、果たしてうまくいくかどうか気になってしまう。
小一郎(秀長)の、兄・秀吉に対する献身の裏にある危うさが際立っていて、信長が退場してから、秀吉の狂気じみた野心が大きくなっていく様子がリアルで、それを一番近くで見ている小一郎の胃が痛くなるような表情がたまらないです。
これまでの大河だと、有能な弟として綺麗に描かれがちだけど、今作は泥臭い兄弟の情愛と、政治的な冷徹さが混ざり合っていて見応えがあります。
特に、秀吉が強引に物事を進めようとするシーンで、小一郎が周囲との調整に奔走しながらも、ふとした瞬間に見せる兄への恐怖を感じさせる視線が印象的でした。