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| 脚本・ストーリー 3.2 /5.0(64.6%) | 818位 /1304件中 |
| キャスト 3.7 /5.0(73.8%) | 780位 /1304件中 |
| 演出 3.4 /5.0(67.4%) | 757位 /1303件中 |
| 音楽 3.5 /5.0(70.2%) | 565位 /1304件中 |
| 感動 3.2 /5.0(64.2%) | 513位 /1299件中 |
| 笑い 2.7 /5.0(54.4%) | 694位 /1299件中 |
| スリル・興奮 3.4 /5.0(68%) | 500位 /1297件中 |




3.33 / 5.0 (回答者数115人) 761 位 / 1301件中
| 脚本・ストーリー 3.2 /5.0(64.6%) | 818位 /1304件中 |
| キャスト 3.7 /5.0(73.8%) | 780位 /1304件中 |
| 演出 3.4 /5.0(67.4%) | 757位 /1303件中 |
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| 日曜日 | もうパパ! |
|---|---|
| ハイド&シーク 0秒前の彼女 | |
| 豊臣兄弟! | |
| VIVANT シーズン2 | |
| 水曜日 | ポリティカルパン |
| 小麦とバターと復讐と | |
| 木曜日 | ダウト -15年目の復讐- |
| 金曜日 | まめとむぎ |
| 晩酌の流儀5 ~秋冬編~ | |
| 土曜日 | おもかげ |
| はだかんぼうたち | |
| 再生のウズメ | |
| 月~木 | 税金で買った本 |
| 月~金 | ブラッサム |
戦いばかりが殿様の仕事ではないとばかりに次は潤う町づくり。戦いより私はこういうのが好きだなー。そして政治には金がかかるという発言、今も昔も人は金に弱いってことが分かるよね。人類って進化してるようで根本的には変わらないんだなと苦笑するしかないわ。ところで秀吉の女好きはどこいった?何人も側室がいて当たり前の時代なのにそれを書かないのは今の時代に忖度しているのか?変に改変して伝えるのは誰のためにもならないと思う。
狩野永徳が認めた筆!って売り出したことで人を呼ぼうとしたのはなるほどとは思ったけれど、さすがにそれだけでは無理だろうね。
きっと今とは情報の伝達のスピードも違うし、庶民には輸入品であるヤクの毛を使った筆なんて手が出ないだろうし。
関白の弟なのだけれど、あんなに奈良の商売人たちから邪険にされただろうか。
寺社と違って武力を持たないのだから、条件によっては話し合いの余地はあったんじゃないのだろうか。
秀長を中心に描かれていたのは良いなと思ったけれど、こんどは別番組のようで。
あんまり武将の物語には見えなくなってきたな。
秀長メインの展開は悪くない。ただいくら狩野永徳の名声があったとしても、筆だけで経済を活性化させるのは無理なんじゃないかなあ。
またいくら大和の承認が意気軒高でも、太閤の弟だよ。歴史ある地域だからこそ、太閤という地位がどんなものかよくわかっている筈。それに短期間で国主が変わるからこそ、何をしでかすかわからないという面もあるし、彼らの言い分には説得力がない。
ドラマとして劇的にしたいのはわかるけど、もう少し地道な感じでも良かったんじゃないかな。承認たちも未来に夢をもてるようならね。
やっとここにきて秀長が主人公らしい回だった。
大和が治めにくい国だったらしいというのは知っていたが、米を密集して植えなければならないほど重税だったとか、それを秀長が見抜くとかいうのは農家の出自が良くわかるエピソードだと思う。
表向きは興福寺側が折れた形になったけれど、これだけで上手く進むほど甘くはないだろう。
そして仏罰に関しては比叡山の件があるから、今更かな?
転用石にしても、他のお城でも聞いたような気がするし、急いで城の普請をしなければいけない時代ならではだったような気もする。
ずいぶん罰当たりにも見えるけれど、手厚く保護した寺院もあればこういう使われ方をしたものもあったということなのだろう。
仏罰は気にしないが、祇園社のお札には縋る。
一見矛盾しているように見えるけれど、彼らの中には確かな線引きがあったのだろうと思う。
正勝が亡くなり、あとは秀吉に意見できる人は秀長くらいになってしまったのだろう。
誰も逆らえないと自身も言っていたし、自覚があるからこそ恐ろしい。
秀長の所領に移ることでやっと秀長が主役に落ち着いて面白く見ることができました。呪詛のせいか祟りのせいか分からない事故から間一髪救ったのが兄からのお守りだったところはよかったです。領主はすぐに変わるけれど寺はずっとそこにあるのは本当で歯向かえば悪いことが起きるなんて言われれば従う他ない。まずいおにぎりから検地まで飛躍させるのもスピード感があって面白かった。秀吉ではなくこの人が天下を取ったらどんな世の中だったのか、ちょっと考えてしまった。
坂口涼太郎さん演じる磐覚、見事でした。見ていて胸が悪くなるような馬鹿々々しいほどの悪役ぶりが最高。その演技が秀長の清々しさを何倍にも引き立て、まるで「水戸黄門」のような一幕でした。もちろん史実はこれほど単純であろうはずもなく、領民や地元寺社との関係に腐心してゆくことになるのでしょうが、当時の領主、農民、旧勢力との関係が分かり易い理解できる回でした。
秀長の事績において、何事にも難しい大和国を従えたというのは間違いなく大きい。
今回の大河の脚本は、秀吉は天下人として変質していくけど、秀長は基本的に変わらないというスタンスのようで、客観的に見るとお地蔵さんを石垣に使う(しかも逆さにした)とか、当時からすればなかなかのことで、更に史実では墓石も使っている。それは大和で圧倒的な権力を持つ興福寺などに対する鞭であり、その一方で飴も与える。それが秀長の手腕。その鞭には彼の性格以上に秀吉政権の権威付けの意識が働いていたと思う。そういう政治性を抜きに秀長を考えるのはどうなのかな?
個人的な感想だけど、ただ誠実な人というだけでは、百戦錬磨の興福寺とか、長い歴史を持った大和の豪族を従えるのは難しかったと思う。以前の国主だった筒井順慶の生涯をみれば、その難しさの一端がわかるし。
蜂須賀正勝はそろそろ退場ということで見せ場を作った感じでしょうか。
問題は長宗我部元親ですね。戦争嫌いという共通項で秀長と仲良くなるというのは、あまりにも現代的すぎやしないか。しかも女性ものの小袖に目を奪われるとはね。マンガなんかでは前田慶次とか傾奇者が女性ものの小袖を羽織ったりしているけど、元親の場合は単に子どもの頃は「姫若子」と言われるほど軟弱に見えたからでしょ。「うつけ」と言われた信長もそうではなかったように、元親も勇猛な武将になった。
「土佐の出来人」と呼ばれた元親だけに、一両具足など兵農未分離では、信長や秀吉などの兵農分離した軍に勝つのは難しいのはわかっていたと思う。でも豪族が多く、いろいろ面倒な地では、急速な変革は難しい。そこは理解していたから土佐一国で引いたんじゃないかな。もちろん、そこは想像にすぎないけど。
でも戦争嫌いで結びつくというのはね、近代的すぎる。非戦論って明治以降のもので、それ以前は不戦はあっても、非戦はないからね。
前回ダメダメだった秀次が豊臣家に馴染んでいてびっくり。これも小一郎の努力なのかしら?秀吉が登り詰めた影には小一郎という弟がいてこの2人だったからこそ天下が取れたってところがこのドラマのテーマだったんだよね?柔と剛、飴と鞭、でも汚いとか残忍な部分は全部兄で綺麗な部分は弟って分け方はずるくない?最近は小一郎の場面が少なくなってきて誰が主役か分からなくなってるし、ただいい人エピだけじゃ盛り上がらないと思う。
タイトルが「姫若子と鬼若子」だったから四国攻めで長宗我部がメインであることは予告されていたわけだ。
今回の大河、どうしてもどこか物足りなさが残る。
なぜなのだろう。
戦国時代の話なのに、国盗りや作戦といったところの話があまりにも軽く通り過ぎていくからのような気がしてきた。
今回でも、先に紀州を落とし、そこの船や豊富な木材を自由に使えるようにしたことは大きかったはずで。
そして毛利まで参戦させている。
そういった戦略の部分にも秀長は関わっていただろうのに、セリフだけで簡単に済ませてしまうから物足りないと思うような気がする。
秀吉が関白にお金の力を使って成りあがったこと。
これは竹中半兵衛が銀山を押さえよと言ったことの最大の効果なのだろう。
秀吉の配下が増えて、どんどん知らない顔が増えていく。
誰が誰かわからない。
これって、やっぱり一気に大きくなった豊臣家ならではのことで、実際もそんな感じだったのかもと思った。
この時代は全てが世襲だからね。後継をきちんと育てるってことがお家の安泰につながる訳だから信雄や秀次ももっとしっかり育てられたはずじゃない?それをここまでダメな方に描かなくても良かったと思うけどなー。でも実際信長に関しては息子たちがもうちょっとマシなら未来はもっと違うものになったろうから残念としか言いようがないけどね。独特な考え方をする秀次はこんな奴だから殺されても仕方なかったって路線に乗せたいのかな?それはちょっとあんまりだからやめてほしいな。
信吉の言葉に少し驚いたし、怖くもなった。
今の時代なら、若いから、たくさんの人の死を直視できなくて現実を見れないのかとも思わなくはないけれど、あの時代の若者にしては考え方がと思ってしまう。
まわりが大事に守り過ぎてしまったのか、それとも元からの性分なのか。
どういう思いでああいうセリフを言わせる設定になったのか気になるところだ。
信雄&家康との戦いが全国規模で波及していく様子はとてもわかりやすかった。
戦いが長引くことで民が疲弊し、それを利用して秀吉のお膝元を揺るがす。
初期に秀吉たちが嘘を伝聞して歩いていたころを思い出す。
信雄を責め降伏させることで、家康のはしごを外した。
今回も信雄は少し軽い感じで描かれている。
でも、この方すごく長生きするんだよね。
氏真もだけれど、結局のところ、どう勝ち進むかということも大事だけれど、どう負けるのかというのもすごく大事だったのだろうなと思う。
信長のことを罵倒するような言動もあったけれど、それよりも偉大な親を持って重みに負けてひねくれているといったところが本当のところなんじゃないかなと思って見ていた。
小牧長久手の戦いって、日本史の中でも特に奇妙な合戦で、軍事的には家康が勝ち、政治的には秀吉が勝ったと言われています。これって後の時代の戦争でも起こるんだけど、必ずしも軍事力が上回った方が勝つわけではないという教訓みたいなものだよね。
ゆえにこの戦いの見せ場は、秀吉の人たらしたるところの面目躍如だと思うのですが、このドラマでは献策したのは丹羽長秀と秀長でした。一方ですでに秀吉は晩年のような短慮と横暴さを見せています。そして後の秀次、三好信吉は「殺生関白」路線をちらつかせています。
個人的にはドラマなんだから、それぞれの心情をもう少し掘り下げて欲しい。荒木村重はあんなに掘り下げたのに、丹羽長秀は浅かったし、秀吉と三好信吉も後のフラグを立てただけというのは、ちょっと物足りない気がしました。
1時間で家康の半生を見せてくる濃密な回。こんなに家康に肩入れする回が作れるなら家康のドラマを作った方が良かったのでは?なんて思った。いじめられ奪われるのが常だった幼少期というのはちょっと作られすぎな気もしたけど、6歳から人質生活というのは今の子供からすると想像を絶すると思う。親に甘えることもできず離れた場所で生活するだけでも大変なのにその命さえ誰かの手の中なのだ。我が子を思って兵を出す家康の気持ちは痛いほど理解できた。
一気に家康の幼少期からを見せてきましたね。
ただ、今川時代あんな風にひどい扱いされていただろうか?
たしかに人質の意味合いはあっただろうとは思うのだけれど、その後の氏真の扱いを見ているとあそこまでだとは思えないのだけれど。
このドラマは時々あれ?という描写を挟んでくる。
信雄が重臣を殺害した件は、家康が裏でというか隣の部屋で指示していた。
てっきり秀吉にはめられて重臣を失うことになるのかと思っていたのが、信雄の陰に隠れた家康の宣戦布告ということか。
それにしても、せっかく覚悟のできた肝の座った顔になってきたのに秀長の出番というか影が薄いな。
秀吉の横でにこにこしている印象しか残らないのが残念だ。
やっぱり首を傾げるよね。近年の研究で、家康は今川の人質といっても一門と変わらない厚遇を受けていたとわかっている。家康は人質といっても敵方だったからではなく、臣従の証あるいは同盟の証として互いの家の関係性を良くするためのもの。今川としても軽く扱えるわけがない。義元は還俗しているから元は僧侶で知識人でもある。分国法を整えて家同士の争いを暴力ではなく、法治によるものとした。息子によるリンチなんて認めるわけがない。
しかも今川が領地を失った後、家康はいろいろ氏真の世話をしているし、後に500石を与え、子どもは高家にまでなっている。普通の大名よりも官位は上だからね。
よくされる論争で、歴史ドラマにおいてどれだけフィクションが許されるかなんだけど、そういうのは好きにすればいい。ただ視聴者とのお約束みたいな前提はある。たとえば「信長協奏曲」とか「仁」とかみたいにタイムスリップしましたというのが始まりなら、誰だってフィクション色が濃いと考える。あとは「新選組!」みたいに配役でもある程度は傾向が読める。
問題なのは中途半端。史実でもあり、史実でもなく、フィクションでもあり、フィクションでもない。それは史実を楽しむ側もフィクションを楽しむ側も戸惑うと思う。
浅井長政を介錯するのにも斬新で驚いたが誰も見ていない城の中で夫婦だからこその時間があったのだと飲み込んだ。ただ今回の勝家と2人手を取り合っての飛び降りは誰も納得しないんじゃないかな。武士であることに誇りを持っている勝家があんな風に死ぬだろうか。お市と随分上手くやっていたようだけどそこまでの描写が少なく物足りない。茶々たちの決意は良かったし、刃を抜きかけた茶々を分かっていながら振り向かない秀吉も良かった。小一郎は今回も影が薄かった。
お市の方がなぜ浅井長政に嫁いだ時には共に自刃せず、柴田勝家と運命を共にしたのか、それは多くの歴史ファンにとって大きな疑問だと思う。このドラマでは兄である信長をリスペクトするあまり、それを継ごうとする秀吉への反発ということになるけど、動機としてはかなり弱いよね。
三人の娘にいろいろと託したのだとしても、長女の茶々でも十代半ばの少女に過ぎず、強力な後ろ盾もない。そんなの戦国の百戦錬磨の親父どもにいいように使われるに決まっている。もし本当にお市が優秀ならば、茶々が秀吉に狙われることくらい予想できそうなものだ。それも含めて秀吉を篭絡するすべを伝授するとかまでした方が、このドラマのお市らしいかも。
小一郎も秀吉も、自分たちが率先して勝家にお市を嫁がせたわけで、その時点で敵対する可能性が高まったことくらい理解しているだろうに。更に死なせてしまったからと、あんなに嘆くのは、本末転倒だと思う。
勝家が命からがら北庄城へ戻り、決して上手とは思えないお市さまの手料理を食らう。
そして娘との別れ。
織田と浅井の血を絶やさないという茶々の決意には鳥肌が立った。
確かに脈々と現代まで続いている。
しかし、そこからはちょっといただけないなと思う。
鬼柴田とまで言われた戦国武将だ。
九層まである天守に登るのもいいだろう。
そもそも火を射かけられた城の天守だ。
火の中に消えていくだけでも十分だったと思うのだけれど。
城を見たことがあれば、天守から飛び降りたらあちこちに引っかかり転げ外へと落ちていくことは簡単に想像がつく。
そこは敵の中ではないのか。
どんな姿で落ちることになるのか想像すると、それだけはないのではと思えるのだ。
こういう大きく時代が動く時はやっぱり秀吉の弟は大きな役回りはないのかなー。史実と照らし合わせるといろんなキャストを出さなきゃいけない盛りだくさんな回になってしまうから小一郎の出番が極端に少ないよね。小一郎を主役にしたのだから小一郎の動きを見たいのに、要は老兵をあてがわれて動くなってことでしょ。なんだか小さい。しかも人を出し抜くような悪巧みはぜーんぶ兄の仕業になる‥。あの時代に聖人なんていないよ。難しいね。
利家の息子が秀吉の養子になっていたことに加えて、勝家があくまでも織田家家老で天下人を目指す気がなかったこと。
そして、まつの「ずーっと雪が降っていたら…」のセリフでダメ押し。
上手く辻褄合わせたよなと思う。
賤ヶ岳から撤退ではなく動けなかったとしたところも、前田を上手く柴田側から秀吉側に移動させたという風に感じた。
ただ、利家に首を取られた中川清秀は寝返ったのではなくて大岩山砦で討死したんじゃなかったっけ?
今まで摂津の地にこだわっている描写があったから、それを利用したストーリーなんだろうけれど、さすがにその後の中川家の加増を考えるとちょっと無理やりだったんじゃないかなと。
勝家と利家は刀を交えた場面はなかなか迫力があって良かったけれど、勝って見逃すというのは勝家の懐の深さを示したものか。
戦力が拮抗していたのだから、利家の力はそぎたかったと思うのだけれど。
やはり主人公の存在感が薄いです。
最初こそオリジナルストーリーを差し込んで理知的で調整役的なキャラ付けを行なっていましたが最近は物語の流れをあまり左右せずに傍観者の様な視点で見ている場面も多いと感じます。あと大河だからしかたないでしょうが秀吉を美化し過ぎているとも思えます。
企画の段階で既に無理があったのではないでしょうか?三年ぶりに戦国物を、でも主要な武将は描き尽くされているし二番煎じは駄目。大河をやるのも段々難しくなってるのでしょうね。
信長が亡くなって市は生きる気力を無くしたようだった。
秀吉が信長の代わりになるのは見ていて苦しいから、いつまでも織田の家老でいる柴田殿を巻き込んで秀吉を止めることで、その時を遅らせようとしているように見える。
そこまでするのは秀吉の力を知っているからであり、拡大解釈するなら柴田を巻き込んだ自殺なのかなと。
自分には対抗する力はないとはっきり言っているし。
巻き込まれた柴田はかわいそうではあるけれど、彼もまた織田政権にこだわっているから巻き込むには適任だったのかも。
それにしても丹羽殿の言葉が重い。
自分の方がはるか上にいたはずなのに、今は見上げている。屈服したのだ。
この言葉を前田はどう聞いたのか。
あの場で秀吉が三法師を抱いて現れることがどういう意味を持つのか誰だって分かっただろう。だからの総スカン、そりゃそうだよ。なのに小一郎だけがなぜじゃ?とポカンとしている。こいつ本当に分かってないのか?と突っ込みたくなるポカン顔。ダークなところは全て秀吉任せで、あくまで小一郎は善人ってことなんだね?それはちょっとずるいんじゃないの?実際はどうか分からないけど豊臣として打って出るなら兄弟もろともでしょうよ。それでいいのか?秀吉!
ちょっと納得がいかないね。これだと秀吉が信長個人を崇拝しているのに対し、お市は「猿ごときが兄上の真似など片腹痛い」というブラコン炸裂で怒っていることになる。つまり信長が出来なかったことを秀吉ごときが出来る筈がないという態度だ。
でも信長の意思を一番大事にしていたのはお市であり、それを受け継ごうとする者に「織田の家」を守るものではないとの理由で対抗するのは、心情として整合性がとれない気がする。
秀吉も秀吉で、お市が嫁ぐというのは事実上、勝家が織田家の後見役であるという意味合いが強かった筈。それを秀吉も認めたというのは、いくら明智光秀を討ったとはいっても、信長家臣団の中で秀吉の地位は勝家に及ばなかったということ。それなのに信長の後継者であるかのように振舞う秀吉に、勝家が切れ、合戦となったというのなら納得できる。
でもこの展開だと、秀吉は冷徹な信長を気取りながら、人たらしぶりを発揮し、勝家懐柔のためにお市を使ったようにみえる。それにブラコンお市が反発する流れは、どうなのだろうか?それはお市の言う織田の家のためにはならないし、天下布武にもならないと思うんだけど。
三法師を抱いてきた秀吉のドヤ顔がすごい。秀吉の狡さも描かなくては話が進まないから仕方ない。小一郎も知っていたのだから同罪だな。ただここで大きく出ないとってところを見逃さないのが秀吉なんだよね。実力があったって家柄がよくたって、なんなら信長の子供に生まれたってその勝機を逃したらトップには立てない厳しい世界。そこが秀でていた秀吉が天下を取るのはしごく当然かな。それでも市を我が物にしなかったのはなぜだろう。あれほど茶々に入れ込んだのに勝家に嫁がせる心理を知りたかった。
ちょっとフィクションが過剰じゃないかな。大河で「信長協奏曲」とかをやらないのは、あくまでも史実を基礎として不明な部分をフィクションで埋める手法のドラマだから。史実とフィクションのバランスが見どころだと言ってもいい。でもこの清須会議はフィクションに偏りすぎかな。
そもそも信忠の嫡男である三法師が継ぐのは、年齢を除けば妥当な話だし、清須会議の本題は誰が名代を務めるか。だから信長の息子である信孝も信雄も出席しなかった。結果、宿老4人で合議とはなったけど、光秀を討った秀吉の発言力が強くなったのは間違いない。なので勝家とお市の婚姻はむしろ秀吉の対抗勢力として結ばれたと考えた方が自然。そう理解すべき勝家の書状も残っているしね。
それを秀吉の勧めとするなら、それなりの説得力が欲しい。
最初から秀吉は三法師に小袖を着せるという口実で近づいて、自分が後見であるように振舞うつもりだったのだろう。
そのために清須会議の前に女性陣に頼んだのだろう。
しっかりと瓢箪の描かれた柄。
あれを見て、秀吉が前々から準備していたとわかった武将があの中でどれだけいたのだろうか。
してやられたと苦虫を潰しているだけで、秀吉の準備能力の高さ、読みの強さまでは気づいてはいないのではないか。
一旦は断った勝家が市を娶るのは史実通りだけれど、その理由付けがどうなるのか。
市からの申し入れであり、やることができたということだから秀吉に対してを見据えてのことだろう。
それにしても「娶れ!」とは恐れ入りました。
光秀に何があったか直接聞く場面はドラマというより歴史のドキュメンタリーを見ているようで違和感がすごかった。こうだったらいいなを詰め込みすぎると興醒めしてしまう。全ての人に義があり仁があると思う気持ちはあるけれど、それと同じくらいのドス黒いものを抱えているのが人間だということを忘れてはいけない。光秀憎しといいながら信長亡き後の自分の立ち位置を考えるのが人間。全てをきれいにまとめようとすると嘘くさくなるよ。
長浜城や坂本城、山崎の場所が良くわかっている人たちには、どうして頻繁に相手の陣地を抜けて往復できるんだろうと思えてしまうじゃないだろうか。
豊臣兄弟の絆や、豊臣の家族愛は素晴らしいのだけれど、与一郎がどうやって現地に向かったのだろうかとか気になってしまう。
さらに山崎から坂本城へ落ち延びる途中で光秀を生け捕りにするという大胆な話には驚いた。
たしかに、光秀の言い分は聞いてみたいとは思う。
でも、あの時代生け捕りは難しいんじゃないのだろうか。
信孝を狙った矢だったから毒が仕込まれていて与一郎は毒が回って亡くなったということにしたのだろう。
明智勢が敗走した後だとしても、山崎から長浜は遠いんだけどね。
どうやって連れ戻ったのだろう。
身内の死、信孝と信雄の志の低さから秀吉は天下取りを目指すってことなんだな。
今までが良い人過ぎたから、どこかでスイッチいれなきゃだからね。
それにしても安藤家には一切触れなかったね。
敗走中の光秀を密かに捕らえて秀吉が会談の場を作るという設定は大胆で斬新でした。個人的に好きなシーンでしたが、その一方でこれを見ながら思ったのは「こんなことあるわけないだろ」と騒ぎ出す視聴者がいるだろうな、ということ。歴史上の場面を実際に見た人間などいるはずもなく、一介の大河ドラマが従来の通説を忠実に再現する必要もなく、歴史上の登場人物の個性を創作しながら作り上げてゆくのがTVドラマであるはず。まるで信長や光秀と知り合いであったかのように、あれこれと批判的に見る視聴者がいることが残念です
光秀を捕らえるのはやりすぎだし、光秀をバカにしすぎ。捕らえられて恥をかくくらいなら自害してるって。農民に殺されたという説も、まだ秀吉による刀狩りの前だし、半農半兵で落ち武者狩りをする連中だって普通にいたから、単に雑兵にやられたというだけのこと。フロイスは光秀について「裏切りや密会が多い」と書いているし、それなりに信長を討つための根回しをしていた可能性は少なくない。ただ秀吉の中国大返しによって、いろいろ間に合わなかったんだと思う。
与一郎の死によって、秀吉が天下を狙う意思を固めたけど、でも家族を守るためなのだとしたら、後に旭姫への仕打ちを考えると、首を傾げてしまうけどね。
やっぱり光秀にとっては信長の首が取れなかったことが大きかったと思うね。でっちあげても良かったと思うんだけど、そこは京だし、いろいろな目がある。光秀の真面目な性格も禍したのかな。
細川藤孝と光秀が親類とは言っても、信長の命で息子の忠興に嫁いだと言われている後のガラシャでしょ。足利幕府とも光秀なんかよりずっと近い。万が一、信長が生きていたり、誰かが速やかにその地位を継承した場合を考えれば、光秀に味方するのは得じゃない。一度裏切った末路は松永久秀や浅井長政などのケースを見ているしね。
いずれにしても小一郎を活躍させようとしすぎかな。いろいろ無理がある。
信長を長とした軍団の中でクーデターが起きて信長が死んだとなれば敵討ちが始まる。それは信長への恩だったり乱れた秩序を取り戻すためだったりの戦だろう。でも大事なのは信長亡き後誰が長に収まるのかという点。われ先にと目立つ働きをして主導権を取りたかったからではないのか?あれだけの暴君だった信長、今で言うワンマンパワハラ社長が死んだのだ。大好きだったってみんなが立ち上がるのはちょっと違うような‥。信長が死んで幸いと思う輩もいていいはず。みんなが信長推しをすると白けるな。
小一郎が裏で絵を描いて、中国大返しに繋がったという風にしたのか。
家康の伊賀越えもダミー情報ということになっていたし、いろいろと思っていた話と違って驚く。
光秀がどうして信長を討ったのかというのも確かなことはわかっていないのだし良いとは思うのだけれど、秀吉があまりにも小一郎の掌で踊らされている感じがして。
それに森乱がふらふらと小一郎の元へ出て来て倒れるとか、どうやって明智軍の包囲網を突破したというのだろう。
小一郎だけが確かなことを知っていてというのはさすがにちょっとやり過ぎじゃないのだろうか。
信長を迎えるために用意していた街道への手配りが、仇討のための大返しに繋がる。
結局は信長にどう対処していたか、どれだけ配慮していたかがその他の武将との速さの違いになった。
その速さはきっと勢いに繋がり、迷っていた武将たちを引き込んだ。
そんなところなんだろうな。
豊臣兄弟のオープニングの曲が大好きでした。みんなを鼓舞するような力強さとお祭りが始まったかのような楽しい音楽、それが一切消えた45分。信長という大きな武将の最後を描く重厚な時間となりました。よく信長が生きていたらと言われますが、私は光秀に殺されなくても周りとの関係も自分自身とも限界だったのかなと思います。だから目の前に現れた光秀にお前じゃないと言ったのかと。功績は人を殺した上で得たものでした。それに耐えられないというのは現代っぽくあり得ないのかも知れませんが、人間として持っていて欲しい心でもあります。ともあれ小栗信長、見事でした。
なんだか今までで一番可哀そうで情けない光秀像に見える。
あれだけ長く仕えてきた義昭公からの書状が偽物であることを見抜けず、本物に帰るべく斎藤利三を義昭公の元へ遣わすも撃沈。
巻き込むなとはかなり強い拒絶だ。
きっと叡山攻めで義昭公とは距離ができてしまっていたのだけれど、光秀の中では義昭公が今でも上司のつもりだったのかもとも思う。
信長を討つことで、偽物を無理に本物に変えようとしたか、それともやけっぱちになったか。
信長のせいで義昭公との間が…とでも思っただろうか。
信澄に焚き付けられた部分はあるのだろうが、どうにもこうにも他の武将のように大義・大願があるようにも見えず、ただただうまく立ち回れなかった人物のように描かれていて少し残念でもある。
これまで数多く、信長の最期は描かれてきたけど、信澄黒幕説というのは珍しい。でも残念ながら説得力は弱いかな。信澄が光秀の娘婿だといっても、家康みたいに正妻と嫡男を見捨てることもある時代に、娘婿という関係は弱い。「時はいま」の上の句を信澄に言わせるなど、いろいろ工夫はしていたけど首を傾げるね。
信長の最期だけど、無理に現代人のような悔恨とか虚無のメンタリティをみせなくてもいいんじゃないかな。別に天下を統一しなくても平和なんて政治しだいなわけで、無理矢理に平和な世のためにあえて悪人になるみたいな感じを出して、わざわざ信長を立派な人に仕立てる必要はないと思う。
小一郎を帰京させたのは、秀吉の中国大返しの伏線にするためなのだろうけど、そこまでご都合主義にすることはないんじゃないかな、
個人的には昔「国盗り物語」で見た高橋英樹こそ信長、思っていました。以来、多くのドラマで見る信長に何か物足りなさを感じていましたが、この半年間を演じた小栗「信長」は見事でした。
自分の中で新たな信長像ができた気がします
豊臣家の楽しい宴、大賑わいでみんなが楽しそうでなにより。信長の家臣の時代の最後の大団円と言ったところだろうか。信長大好き!を印象づけて本能寺の変の後の敵討ちの伏線にしたいのかな?また本能寺の変は光秀が首謀なのは変わらなそうだけど、自分の意思でというよりは操られて行くしかなくなった風に見える。黒幕は信長の甥。それを知ったらあの時弟と一緒に殺しておけば良かったと後悔したんじゃないかな。天国で悔しがる信長も見てみたいな。
信長は人気のある武将だからね。いろいろ脚色して盛り上げたいのはわかるけど、戦のない世の中を求めているなんていうのは漫画やゲームに寄せすぎかな。最近の大河ドラマは、どうも平和を求めるために戦を行うという動機付けが多すぎる。それはあまりにも現代的な考え方だと思う。
漫画やゲームでもてはやされる以前の信長像はルイス・フロイスの「日本史」に書かれているように、酷薄で残酷な人。女性には案外優しいところもあるものの、他の者の進言を聞き入れることはめったになかった。秀吉の人たらしらしさを織り込んで、こういうストーリーに仕上げたのだろうけど、光秀を煽るためにももう少し工夫があってもよかった。
ちなみに信長は下戸だったという説もある。少なくともフロイスは信長が酒を好まないと記述している。おそらくそれが正しいだろう。彼の時代の酒はアルコール度数が低かったから、飲み比べですごい量を飲んでいるようでも大したことはないしね。
さて光秀をそそのかした黒幕は織田信澄のようです。まあ光秀の娘婿だからね。でも信澄からしたら、父親が敵対し、義父が裏切ったとなれば、嫌でも疑われるわけで、それならばさっさと光秀に合流するのが普通だと思うけどね。
今回は信長の心の波に注目
「そんな暇はない」と長浜城への訪問をはねつける信長、
於市の助言もあり渋々長浜を訪れる信長、
用が済んで帰ろうとするのを無理に宴席に付き合わされ、ふて腐れたように酒を飲む信長、
座が盛り上がり、少しずつ顔を緩める信長、
すべてが信澄の助命を訴えるための演出と知り、怒り狂う信長、
それでも必死に信澄助命を訴える秀吉。さらには酔っぱらった寧々が秀吉の愚痴をぶちまけ、朝日が泣き出し、一同大混乱。
余りの馬鹿々々しさに「お前たちと居るとすべが馬鹿々々しくなる」と、最後は心を開く信長、
翌日、酔いがさめて「よう諫めてくれた」と秀吉を労う信長
この信長を見事に演じた小栗旬が最高でした
まさに恐怖の相撲対決。負けた方がクビ宣言される中、ひっそりと脱いだ着物を着直す前田利家に笑った。安藤の息子の話を聞いて天下一統を掲げるボスの元戦に明け暮れ、ボスのために命をかけて働いているのにいつ自分に刃が向くか分からない。そんな気の狂いそうな日々はもう嫌だと逃げ出そうと算段をするってあり得るだろうなと思った。武田と通じていたのは本当だったし本物の首が飛ぶ前に切られたのは温情だったのだろう。神経が図太くなけりゃ生きていけないね。
長宗我部、森乱が出て来て、いよいよその時が近づいてきている感がひしひしと。
明智が長宗我部との板挟みになってという説を取るのかと思ったら、密書届きましたね。
義昭公はあちこちにお手紙出していたように思っているので、ただ単にタイミングよく届いただけなのか。
それを渡していたのがあの織田信勝の忘れ形見信澄。
そこも非常に気になるところ。
それにしても、小一郎にはエピソードが相当ないんだろうね。
安藤守就を無理に絡ませて、ハートフルな家族エピソード。
このあたりから徐々に記録は増えていくのだろうか。
ただ単に秀吉の話を追っていく感じだと尻切れトンボになりそうで今から心配。
林秀貞、安藤守就の追放と佐久間信盛の追放はドラマと違って史実では同じ時ではないけど、いずれもその理由についてはどうも納得できない。安藤守就については、後の稲葉一鉄との戦いを意識した展開なのだろう。でもそれって一鉄はいずれ秀吉の配下になるし、小一郎と確執を生むんじゃないかな。どう描くつもりなんだろう?
信長としては単に美濃衆や年寄りを切っただけかもしれないが、少なくとも佐久間信盛が近畿で大きな兵を率いていたことを考えると、もしそのまま信盛がいたら明智光秀も本能寺の変に踏み切れなかった可能性もあると思う。
光秀謀反の背景として長曾我部への仕打ちが描かれているけど、これは最新の研究結果を取り入れているね。
自分の命と引き換えに数百人を救った殿様と自分一人生き残るために数百人を犠牲にした殿様の対比が見事でいろいろ考えさせられた。だしも良かったね。小一郎と密約を交わしこれで良しと思っていたところに殿が逃げる。最後は斬首されるのは分かっていたがただ潔く斬られるだけじゃなく嵐の中で夫を呪うシーンが入る。ここで一気にだしの気持ちに入り込めた。まぁ村重は事実通り逃げなきゃなんだけど、本当なら部屋を見張る人くらい付けといても良かったよね。
秀吉の記憶喪失は、上月城を見捨てなければならない無念さや小一郎の兄を思う一途さを描くための設定だったと思う。母の手料理で記憶が戻ったところまでは良かった。最後の最後に秀吉が小一郎の頬っぺたを挟んで「小一郎殿」と呼び掛けたのは残念だった。記憶喪失中に小一郎殿と呼んでいたことを覚えているはずがないから。
荒木村重も評価の難しい武将だよね。パニックして逃走したという見方もあるし、単に形勢が不利なので戦略的撤退をしたという見方もある。ただあんなふうに逃げたのは荒木久左衛門だけどね。少なくとも城を明け渡せば妻子は助けると信長は約束したけど、村重がそれを拒否した結果、百人を越える女房衆が処刑されたのは間違いない。
村重は生き残って、信長の死後には茶人として堺に戻るけど、秀長と再会するシーンがあるとすれば、どういう態度で迎えるのか気になりますね。
いずれにせよドラマとしては別所長治と荒木村重の対比が明確なだけに、このままでは終わらない気がします。
うーん、確かに感動したけどさ。あんまりこの時代の人をハートフルに描かない方がいいと思うんだよね。だって整合性が取れないじゃない?小一郎だって産後の妻にかける言葉は満点だし娘を抱いてこれから一生守ってやるって覚悟も満点だけど、ある一方では人の命を取る仕事をしているんだよね。半兵衛の最後だって皆が望み通り戦場に連れ出して風がどうのとか言ってるけど、現場で戦って命を落としている人には思いも馳せず半兵衛たった1人の死に皆で涙を流す。は?って感じ。自分たちの周りだけ幸せならなんでもいいのか?ハートフルにしたいなら侍は無理だと思う。
あれ?半兵衛って奥さんも子どももいたよね?って思ったら、「子どもを抱いた手で…」以降なんだか冷めてしまった。
主人公が小一郎だから、このエピソードにも関わらせたかったのだろうけれど、半兵衛は松寿丸を殺すつもりで小一郎は止めようとしたというのもどうなのだろうか。
黒田家が竹中家の今後の関りとか考えたら、小一郎を前面に出すのは違う気がするけれど、竹中家の息子は一切出さないでこのままいくのだろうか。
半兵衛が信長に別れを言いに行くシーンは良かったんだけれど。