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| 脚本・ストーリー 4.4 /5.0(88.6%) | 91位 /1271件中 |
| キャスト 4.7 /5.0(94.2%) | 64位 /1271件中 |
| 演出 4.4 /5.0(88.6%) | 94位 /1270件中 |
| 音楽 4.4 /5.0(88.6%) | 65位 /1271件中 |
| 感動 4.6 /5.0(91.4%) | 21位 /1266件中 |
| 笑い 4.0 /5.0(80%) | 101位 /1266件中 |
| スリル・興奮 4.4 /5.0(88.6%) | 55位 /1263件中 |




4.43 / 5.0 (回答者数7人) 65 位 / 1268件中
| 脚本・ストーリー 4.4 /5.0(88.6%) | 91位 /1271件中 |
| キャスト 4.7 /5.0(94.2%) | 64位 /1271件中 |
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| 音楽 4.4 /5.0(88.6%) | 65位 /1271件中 |
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また早朝に豪雨警報。
前回の反省と、その後の努力がちゃんと実を結んでいる感じが嬉しい。
多田君の雷での怖がり方が少し心配ではあるけれど、周りがちゃんとフォローしていて、その優しさが心地よい。
緊急時の情報は大切だけれど、情報ばかりだと不安が募っていく。
大阪へつないで、ちょっと軽く笑えるエピソードトークをしてもらうというのはとても良いアイデアだったんじゃないだろうか。
それも、豪雨からは大きくは外れていないし、町の外にも心配してくれている人がいるというのは心強いはず。
リクトも地震直後の笑いの挫折から、こういう時の心の和ませ方をずっと考えていたんだろうな。
こうやってちゃんと考えて、同じ場面は来ないかもしれないけれど考え続けるって大事なんだと思う。
玄太君が投書してくれた。
西川さんにも返金できたし、新年早々いいことだらけ。
役所が動くといろいろやりやすくなるってことなんだろうね。
リクトもあの時の失敗を乗り越えて、みんなをたくさん笑わせることができたし、あの時怒ってくれた人にも直接頭下げることができた。
それに、何より玄太君の笑顔が本当に良かった。
お父さんの顔を見たらフラッシュバックするからと、物陰から松本さんは様子を見ていたけれど、それでも嬉しかったよね。
ゆがんだ松本さんの顔がもうたまらなかった。
中野医師がゲストの時の西川さんの表情には私も気になっていた。
やはり消防関係者は一般の人たちよりたくさんの現場を見てしまうのだろうと思う。
同じ被災者といいながら、降りかかる責任とか無力感とか桁違いになってしまうんじゃないだろうか。
さくらさんと一緒に死んでもいいと本気で言えてしまうほど追い詰められていた。
そんな中で仕事をしていた。
西川さんの心の傷に気づいてひとりにしないように守ろうとしていたさくらさんの気持ちが温かい。
すぐに駆け付けた中野医師の気持ちも。
同じ被災者の身銭を切って、未来を諦めて犠牲になって続けるのってやっぱり違う。
西川さんの寄付したお金はやっぱり西川さんの未来のために生きるために使うべき。
みんながそれぞれの歩調を大切にすることを改めて覚悟したところで叔父様が動いてくれたね。
メンバーの覚悟やら本気度を見極めていた部分もあるのだろう。
町中の目安箱にどんな意見が届くんだろう。
まさかの西川さんの消防士を辞める発言には驚いた。
たしかに松本さんだけに代表をまかせっきりは今の状況だとしんどそうではある。
カナデの発案で広くラジオスターへの賛否の声を集めることになった。
松本さんがいない中でできる最善な気もする。
まず初めに行政の援助をもらっていないことを明言したことも良い。
どうしてラジオスターに関わったのか。
多田君の亡き兄に届きそうという言葉も心にしみたけれど、そのあとのさくらさんの話が強烈すぎた。
命の恩人を守るため。
さくらさんを救ってくれたその状況もすごいし、その時の西川さんの発言もすごい。
でも、その西川さんを守るとは?
西川さんの行動や発言からさくらさんは何かを感じ取っていたということなのだろう。
極限状態の時には本当にいろんなドラマが生まれるんだろうね。
今夜も覚悟して見届けたい。
困ったときにそんなに都合よくお金が振り込まれるのは、仲間内か身近な人だろうね。
あの反応だと西川さんで間違いないのかも。
真面目で遊びのない雰囲気の西川さんだからこその何か思い入れがあるんだろうと思う。
クラウドファンディングに乗り出したまでは良かったけれど、今は良い情報も悪い情報も正しいものも間違ったものも好き勝手に発信できてしまう。
ラジオスターの最初にラジオの意義を認めてもらえなくて行政からは却下されていたから、補助なんて出てないんじゃないのかな。
それとも、あのあと場所とかいろんなこときちんと決まってから出ることになったんだったっけ?
どちらにせよ、足りなくて機材の修理がままならないのは事実だ。
ラジオスターの存在意義も外野があれこれ言うことではないだろうと思う。
いったん悪い評判が立ったら、沈下するまでお金は集まらないだろう。
機材はどんどん消耗していくだろうし、たとえ今回の100万を使ったってジリ貧だ。
せっかくみんなが前を向くきっかけにもなっていっているのだから、続く方向になって欲しいな。
そういえば東北の地震関連のドラマでも、実際の被災者も交えた演出があったなと思い出した。
ラジオスターに復帰したカナデは町の中に出て、実際の被災者たちを取材して歩く。
なんだか、ドラマとリアルが混在していて不思議な感覚になる。
カナデの少し緊張した面持ちと、いつもより少しトーンが抑えられた声。
そこにいるのは確かにカナデだ。
現状をこんな見せ方もあるんだな。
今までよりさらにカナデを応援したくなる。
さくらさん夫婦の感謝の気持ち。
西川さんのラジオから流れる感謝の気持ち。
心無いことを言う人も言うかもしれないけれど、でも未だに町に残っている人たちはきっとカエデの明るい声に気持ちを明るくしてもらっていたんだと思う。
それは、誰にでもできることじゃないし、やったことは無くならない。
明かりは誰がつけてもいい、という言葉は本当に心にしみた。
カナデは子どものころから優秀だったんだな。
同じことを繰り返していると言っているから、注目されるたびに自分の思っていることとの乖離に苦しんできていたということなのだろう。
それに耐えられなくなったら逃げだす。
心が耐えられないなら逃げだすのは自分を守る方法ではあるし、間違いだとは思わない。
でも、それを繰り返しているというのは気になる。
お母さんと少し距離がある感じなのもちょっと気になるな。
いち地方の小さなラジオだけれど、新聞にも載ったしカナデのことを知っている人は意外と多くなっているのかも。
お母さんとの家族会議がどういう方向へ行くのか。
カナデには心の底からの笑顔が見たい。
松本さんはがれきの下敷きになって、津波が迫る中パニック状態になっているのを玄太君は目の当たりにしたのか。
極度のストレスによる心の傷、いわゆるPTSD。
その症状を引き起こすきっかけになるのが父の顔ってことなのだろう。
松本さんも辛いよね。
玄太君がラジオを聴いている。
たったそれだけのことに望みを託して鈴野を感じられるラジオを作った。
鈴野とつながれる、感じられるということは、友だちとつながれる感じられるということ。
松本さんが届けてくれたイヤホンでラジオスターを聞くカナデ。
いなくなって少し経つのに、カナデちゃんだったら…って、あのスタジオには未だ居場所があるって届いたかな。
カナデはあのまま鈴野を飛び出して大阪へ戻っていたのか。
それにしても、元恋人はとんでもなく鈍感だな。
カナデの表情の変化にもまるっきり気づいていない。
それに長期休暇で良いなとまで。
そもそも、あの地震に巻き込まれたとき、この男はきちんとフォローしたんだろうかと思ってしまう。
バイト先にリクトからクレームを装って電話が来た。
周りに悟られないように、うまくかわして会話をするカナデを見ると、なるほどリクトが言うようにパーソナリティは向いているのかもと思う。
今までカナデに頼り過ぎていた部分をどうするのかも戻ってきてもらえるかどうかのカギになるのではないだろうか。
リクトが言っていた上司に報告というのは松本さんのことだったか。
鈴野から大阪まで、あの軽トラで走ってきたのか。
お尻痛いだろうなー
それだけ必死だということだろう。
カナデは真面目なんだよね。
娘さんは焚き付けたって言うけれど、やると決めたのは本人だし、本人が町に居たいと思っているんだから。
身体が弱ってきていて心配なのは良くわかる。
だから、自分の近くの金沢に連れて行こうとしていて、きっと説得も大変だったのだろう。
でもお母さんの人生なんだよね。
あんな風に言われて、災害の放送もリクトとふたりでやらざるを得ない状況に追い込まれて、生命背負ってるってすごい責任感じちゃったんだよね。
それにしても、これらの話をフリにして笑わせろって松本さんもひどい気がするけれど、それくらいの軽さでいいよって言いたかったんだろうか。
よそ者だからこそできることもあるけれど、よそ者が引っ掻き回すってこともある。
同じ出来事でも見方によって変わってきちゃうからな。
災害が起こると思い出の味も失われたりする。
住野さんも、避難所生活が続く中で再興への意欲を失っていったのだろう。
カナデの元気で明るい声を毎日聞くことで、自分まで元気になったような気がして。
ラジオからの衣笠丼を食べたいという声が嬉しくて頑張ってみた。
でも、身体は思いのほか無理をしていたということなのだろうか。
新聞の取材の人が常にカナデの方を向いていて。
きっと居心地悪かっただろうな。
ボランティアと括られるのも、復興支援していると決めつけられるのも。
きっとカナデは居場所を探して流れ着いたみたいな気がするから。
北村先生、助かって良かった。
震災の時もヘリコプターで運ばれて、そのことを思い出した人がたくさんいた。
それは、ただ運ばれたというものではなくて、それは誰かの命を諦めた先にあった出来事だった。
トリアージという言葉は、ある時から聞くようになった。
いのちの順序、優先順位付け。
それを意味することは、諦めなければならない命があるということ。
どうしようもないこと、とその場にいたら諦められるだろうか。
若い人、助かる見込みのある人をと譲る、その気持ちの中にどうにも言葉にならない感情が見え隠れする。
実際に見ていなくても立ち会っていなくても、ずっと被災者として連携し戦い続けてきた中にいることをカナデは躊躇い始めている。
あの時からの時間を共有していないことは大きい。
だからといって、カナデをコミュニティが拒絶することはないのだけれど、大きな壁というか溝のようなものをどうやって超えていくのだろうか。
災害FMではあるけれど、災害のための特番を流し続けるってかなり大変なんだろうなというのは良くわかる。
刻々と変わる状況を整理して、冷静にその時に一番重要な順番で情報を流す。
情報を受け取る人、整理する人、臨機応変にやらなくてはならない。
台本も練習もない一発本番。
そういう意味だと、中継はスタジオよりは臨機応変求められるだろうし、経験を積むには良いのかも。
と思っていたら、先生が倒れた。
放送を聞いていた西川さんが一番に駆け付けて、カナデちゃんも医療者に来て欲しいと放送した。
上手く放送やみんなの気持ちが届いて助かると良いな。
リクトが加わったことで、またラジオの中の笑いが増えているように見える。
本当に一つずつ一つずつなんだな。
リクトが考えたジャポニズム選手権。
伝統工芸品を音で感じるというのは考えたこともなかったから少し新鮮だった。
山影でラジオが入らない地域で育ったから、ラジオとまったく縁のない生活をしてきたけれど、こうやってラジオの裏側をみると、大切なものなのだなと感じる。
人の声ってやっぱり心にダイレクトに伝わるんだな。
そぎ落とすことで居場所を見つける。
なんかわかる気がするな。
笑いが心の余裕を生むというのは良く知られたことだ。
ただ、余裕がないと笑えないというのもまた真だ。
いつもと同じように反応を見ながら笑わせようとした。
でも思ったような反応が返ってこなくて焦って、着の身着のまま逃げた人たちの衣服を笑いのネタに変えたのは最悪手だっただろう。
それでも一生懸命だったのだ。
ただ、だからといって傷口に塩を塗るような真似をしたことは叱られるべきこと。
彼のやろうとしたことの根本は間違っていない。
トラウマにはなっているだろうけれど、やり方さえ反省すればと思うのは外野だからだろう。
それでも周りの支えでラジオの構成には関わる勇気がでてきた。
いつまでも見るだろう当時の悪夢。
だが見終わったときの感想が変わってくるのかもしれない。
もう一度、被災地でお店を再開する。
それは、被災地にとっては希望の星になるかもしれないけれど、当事者にとってはいろんなものを背負うことになって、「もう逃げられない」となってしまうのかな。
妻と娘と一緒にラジオの中で語ることで自分を見つめなおして、娘のことをわきに置いておけるならもう一度ってなった。
娘の選択肢を広げることと、父である政博さんのこれからは一緒である必要は本来はないんだよね。
ただ、生きているかどうかという危機を感じたことが離れる恐怖を生み出していたんだろう。
一度気持ちが決まったら、後は前進するだけ。
さくらさんも少し休暇をとって、夫婦で復興へ歩き出す。
さて、次はリクトの番かな。
どこまで聞いてよいかわからない話がラジオから流れてきたら、確かに聞き入ってしまうかも。
聞き始めたら途中では止めれない気がする。
カナデがどうして能登に戻ってきたのかが語られた。
それは磁針の日がきっかけだった。
田舎あるあるの助け合いの精神の中に他所から来たカナデも入れてもらえた。
たしかに都会では考えられないし、奇跡のようにも思える。
長靴をはいた瞬間が忘れられないというのが、本当の温もりと心の温かさが重なったから余計だったのだろうな。
コミュニティが壊れて、知らないところで引きこもる。
年を重ねてからの災害は、若い時のに比べて堪えるだろうな。
知っている人の声を毎日聞くことができる。
それだけでも、なんとなく心がほっこりするのはわかる気がする。
一日誰とも喋らない、会わない、というのは張り合いがないのだ。
一人ぼっちで逝かせないために…
ラジオを聴く習慣がないのだけれど、これがとても大切なことだというのはとても良くわかる。
いよいよラジオスタート。
多額の寄付をくれたのは誰だろう。