※まだ評価はありません。
| 脚本・ストーリー 4.0 /5.0(80%) | 311位 /1268件中 |
| キャスト 4.1 /5.0(82.6%) | 466位 /1268件中 |
| 演出 4.0 /5.0(80%) | 281位 /1267件中 |
| 音楽 4.1 /5.0(82.6%) | 160位 /1268件中 |
| 感動 4.1 /5.0(82.6%) | 93位 /1263件中 |
| 笑い 1.8 /5.0(35%) | 1117位 /1263件中 |
| スリル・興奮 4.0 /5.0(80%) | 180位 /1260件中 |




4.00 / 5.0 (回答者数8人) 247 位 / 1265件中
| 脚本・ストーリー 4.0 /5.0(80%) | 311位 /1268件中 |
| キャスト 4.1 /5.0(82.6%) | 466位 /1268件中 |
| 演出 4.0 /5.0(80%) | 281位 /1267件中 |
| 音楽 4.1 /5.0(82.6%) | 160位 /1268件中 |
| 感動 4.1 /5.0(82.6%) | 93位 /1263件中 |
| 笑い 1.8 /5.0(35%) | 1117位 /1263件中 |
| スリル・興奮 4.0 /5.0(80%) | 180位 /1260件中 |
与羽先生は尽果に死にに来た。
マリアは先生が妻の眠るここへ贖罪のために死にに来ると分かっていたのだろう。
玲子への贖罪と、先生を待つために尽果にとどまった。
でも、いつの間にか心の中の比重が変わってふるさとになっていった。
無償の愛だったはずのふたりの関係が心の中では変わっていった。
それが罪なのかどうか。
でも、妻へのフォローをせず死なせてしまったことは、やはり罪なんだろうね。
玲子はマリアを恨むことで生きて来ていた。
マリアは玲子に謝り続けることで生きてこれた。
とっくにそんなことはどうでも良かったのだろうけれど、その関係が続くことが大事だったから本音では話せなかった。
紫紋が声をかけたことで死の間際に向き合うことができたことは救いになっただろうか。
本当はわかっていたことの再確認だったのだろうけれど、言葉にするのとしないのでは大きく違う。
紫紋との別れ際、何があっても生きていこうという言葉は、この二人が発するからこそ重かった。
贖罪と再生の話でしたね。罪と犯罪とは別物で、与羽夫婦もりあも犯罪は犯していないけど、他の人の欲望も重なって、結局は罪を背負った。それは紫紋もそう。背負ってしまった罪をどう贖うのか、そしてそれはただ一方通行なものなのか、まさに人の業みたいなものが描かれていたと思います。
りあが戻り、紫紋も家に戻る。それは前に戻るのではなく、新たに生きることであり、再生なのだということなのでしょう。
現代社会は法律に触れなければ罪ではないと思いがちですが、法は道徳の最低限度という言葉もあるし、罪とは何かを考えさせられるドラマだったと思います。
丸狐が母を殺したと思っていたけれど、本当は母は過労で倒れただけだった。
すぐに切った119だけれど、それのおかげで助かったのだろう。
ネットのやり取りは短絡的で救いようがないものだけれど、きっとなら詐欺で加害はなかったんだろうし、結果的に丸狐が外に出るきっかけに母はなった。
それよりもマリアの過去が思いの外重く酷いもので言葉を失う。
担任の与羽は、マリアに何かあったことも、救ってやりたいと思ったことは間違いじゃない。
個人でやろうとして、入り込みすぎてしまった。
自分の家庭を崩壊させる方向へ行ったことは残念で仕方ない。
家庭環境のせいで変にませていたマリアだから、こういう愛情しか知らなかったということもあるかもしれない。
戻ってこないマリア。
女将さんの病状。
どこに行きつくのだろうか。
りあの過去が明らかになりました。一番悪いのは母親と内縁の男だけど、その二人は犯罪に問われることはない。もしかしたら先生がケリをつけようと男を狙うかもしれないけど。
先生の奥さんがもう少し冷静であればとは思うけど、追い詰められていたのは彼女の責任ではないしね。先生ももう少し配慮すべきだった。もちろんりあもいきなり自殺をはかるのは軽率だった。でも彼女たちを責めるのは難しい。人は誰だって失敗はするし、結果として衝動的になることもあるから。
何にしてもりあは戻って来ると思う。人は過去だけに生きているわけじゃないからね。
紫紋の過去だけど、仕方ないんじゃないかな。悠太と晴香とどちらを選ぶかは、おそらくその時点での本能とか直観でしかない。特に晴香は死をほのめかしていたしね。ただその後、悠太が自殺し、晴香のしたたかさがわかったから、後悔しているだけ。結果として間違えた。結果論での失敗は自分が抱えるしかない。
そして丸狐。また聖書関連の名前だ。悠太に似た彼に出会うことで、お互いに何か変わっていくのかな。そろそろりあの抱えているものも知りたいところです。
紫紋はどこで間違えたのだろう。
朝目が覚めたら、大量の着信が入っていた。
悠太を大切な仲間だと思っていたのも本当なら、女性を助けたいと思っていたのも本当だ。
まさか、悠太と女性がつながっていて、ふたりが心中の約束をしていたなんて想像もしていなかっただろう。
あの流れだと、悠太に罪を着せて自分だけ助かろうとするために女性は紫紋を足止めしていたようにも見える。
最悪だ。
何も知らず、なのに歯車というか仲間に引き込まれ良いように使われてしまっている。
しかも取り返しがつかない。
紫紋はマルコに悠太を重ねている。
一瞬、少し躊躇し、距離を取ろうとしたのは自分の中の罪を見るようだったからだろう。
それでも、自宅に保護し、行方がわからなくなると必死で探す。
マルコは自分の母を殺したと言った。
それが、自分を追い詰める理由だろう。
本当なら罪を償うべきなのだろうが、ここでまずは心を癒すことが重要なのだろう。
紫紋がつくった卵がゆがなんとも美味しそうだった。
東尋坊のように自殺者を呼んでしまう土地ってあるんだろうな。
そこへたどり着いても死ねなかったとき、温かいものをお腹いっぱい食べたら、生きていて良かったってなるのだろう。
マリアの温かい料理に助けられた人が今までもたくさん居たようだ。
まぐだら屋で働く条件が「マリアに惚れないこと」というのは、これまでも惚れた人がいたということか。
マリアの首の傷も気になるし、女将さんとの関係も気になる。
マリア自身が放浪の末にここにたどり着いたのだろうか。
すっかり土地になじんでいる紫紋だが、そこに悠太らしき人が行き倒れている。
彼らが自死を考えなければならないほど追い込まれたのはどうしてなのか。
行き倒れていたのは悠太なのだろうか。
まったく先が見えないが、心の底に重たいものが残るドラマだ。
タイトルからして、明らかに新約聖書の「マグダラのマリア」をモチーフにしている。罪深い女とされているけど、イエス・キリストの復活に立ち会った女性。娼婦だと言われたり、イエスの妻だと言われたり、いろいろ伝説に覆われた聖女がモチーフだけに、この僻地の食堂のマリアが何者であるのか気になるところです。
紫紋もキリスト教の使徒からとっているんだろうね。まあ友人とはいえ、他人のために自殺するのも妙だし、自分もなにか罪を抱えているのかな。
原作者は原田マハさんなので、最後はハートフルなものになるのでしょうか。
それにしても岩下志麻さんの迫力がすごい。彼女が何者で、りあの何を知っているのかも気になるところです。