※まだ評価はありません。
| 脚本・ストーリー 2.8 /5.0(55.8%) | 999位 /1270件中 |
| キャスト 3.1 /5.0(61.4%) | 1030位 /1270件中 |
| 演出 2.9 /5.0(58.6%) | 942位 /1269件中 |
| 音楽 3.0 /5.0(60%) | 846位 /1270件中 |
| 感動 2.6 /5.0(51.4%) | 901位 /1265件中 |
| 笑い 2.2 /5.0(44.2%) | 931位 /1265件中 |
| スリル・興奮 2.6 /5.0(52.8%) | 948位 /1262件中 |




2.93 / 5.0 (回答者数14人) 960 位 / 1267件中
| 脚本・ストーリー 2.8 /5.0(55.8%) | 999位 /1270件中 |
| キャスト 3.1 /5.0(61.4%) | 1030位 /1270件中 |
| 演出 2.9 /5.0(58.6%) | 942位 /1269件中 |
| 音楽 3.0 /5.0(60%) | 846位 /1270件中 |
| 感動 2.6 /5.0(51.4%) | 901位 /1265件中 |
| 笑い 2.2 /5.0(44.2%) | 931位 /1265件中 |
| スリル・興奮 2.6 /5.0(52.8%) | 948位 /1262件中 |
やはりこじれた場合は看護師見習いたちに責任をなすりつけるつもりか。この時代、医者もまだまだだね。患者をちゃんと診ていない。
りんが言った「わかる」は、言っちゃダメな地雷だよ。本当に似たような経験をしているならまだしもだけど、それであっても他人には絶対にわからないことってある。病気の体験、事故の体験、災害の体験、どれもこれも他人にわかったようなことを言われると、「お前に何がわかる」と言い返したくなるもの。
寄り添うっていうのはそういうことじゃないと、りんは良い学びを得ているね。
一見、直美は要領よくやっているように見えるけれど、適当な嘘を混ぜ込んで自分が動きやすくしているだけだ。
それは今まで生きてきた過程で身につけた技なのだろうけれど、どこかで辻褄が合わなくなってピンチになるのでは。
それに患者のためといいながら自分のためが含まれているようにも見えるし。
りんはトンネルの中のようだ。
何か抜けるきっかけがあるんだろうね。
シマケンさんや卯三郎さんとの話の中にヒントがあるのだろうか。
直美さんとりんは医院長に呼び出された。
奥様が看病婦を次々に首にし、もう見る人がいないからだろう。
言わない方が良いことも口にしてしまうりんと、感情がすぐに表に出て嘘もつく直美。
このふたりで上手く看護なんてできるんだろうか。
一波乱も二波乱もありそうだ。
患者の雰囲気が変わり始めたところで、りんと直美の呼び出し。間違いなく和泉侯爵夫人の方に回されるのだろう。
病院側としては、わがまま侯爵夫人付きにして、いざ問題が起こればすべて彼女たちのせいにしようという魂胆かもしれないね。そもそも侯爵夫人の「わがまま」と言い切ってしまうあたりに、看護師以前に医者たちもまだまだ未熟だなと思うけど。
直美は案外悪女の素質がありそうww。うまいこと藤田を掌で転がしている。
りんとシマケンは悩みが深いね。道は違うけど、プロとして世に出るためには多くの研鑽を積まなければならないし、誰かに教えられるのではなく、自らつかみ取らなければならないものもある。まあなんだかんだで相性は良さそう。
気になるのは安の視線。りんを心配してるとか、二人を祝福している視線ではない。安はシマケンが好きなのかもしれない。それを知ればりんなら応援するだろうし、ややこしいことになりそうだ。
看護婦は患者と友達になるのが仕事じゃないからりんはまだまだといったところだろう。患者さんの機嫌に振り回されて自分を見てもらうことから始めようとしているりんは人を看るにはまだまだということ。まぁ看護婦に看護してもらうことがどういうことなのか分かっていないんだから手探りは続くだろう。それにしても素手で触る手術やプライバシーゼロのカーテンすらない病室、あれじゃ治るのも運が大きい。今の時代に生まれて良かったと思ってしまった。
患者が常に本音を口にするわけではないのは、今の世の中だってそう。誰もが素直に理解し、素直に受け取り、素直に返すわけじゃない。だから患者と接する時間の多い看護師がよく見なきゃいけないんだと思う。
それとバーンズ先生が言った、見返りを求めるなということだけど、別に楽しく会話するなとは言っていない。楽しく会話できる患者とはそうすればいい。でも感謝しない相手でも同様に扱う。そこがポイントなんだと思う。
患者が傷口をさすっていたのは、やはり違和感が強くて再手術となった。
りんが言っていたことは合っていたのだけれど、医師たちには取り合ってもらえなかった。
看護婦のことがわからないというだけでなくて、それがどうしてか、という振り返りも必要そうだ。
先生の言うように、患者は治って退院できれば不機嫌だろうと会話ができていなかろうと問題はないし、感謝を求めてやる仕事ではないだろう。
そういう意味でも良い患者で、学びは多かったはずだ。
直美は花瓶の水を変えていたと言っていたけれど、それは慰めのための嘘なんじゃないかな。
しんどい時に構われたくない人は一定数いる。
そこがわからないと同じことを繰り返しそうだ。
医者と看護師、いくら役割の違いだと言っても、まだ文明開化したのは教科書的な知識だけの医者に言ってもわからないだろうね。彼らだって西洋医学については見習いみたいなもんだし、新米なんだけど。
りんがみている患者はきっと痛いのをやせ我慢していたんだろうね。今も理由はいろいろだけど、医者にすべて話さない人もいるようだし。でもこれがなにかのきっかけになりそう。
実習に入りましたね。ただ受け入れ態勢ができていないようでなかなかヒリヒリした展開になりそう。でも自分の職場に触れたことのない知識を持った若くて綺麗な女性がヒラヒラしたかわいい衣装で入ってきたらそりゃ嫉妬しますよ笑。実習生も先輩たちを頭から否定することはこの先を考えるとやりたくないはず。女性同士は難しいからね。まずはどこから攻めるべきか考えた方が良さそう。先輩たちが認める前に患者さんたちが実習生に懐いてしまったら揉めるだろうな。
まあ最初から理解されることはないだろうけど、無理解と無知は別問題だからね。看護のことを何も知らないのは無知。それは教えられていないんだから当然責められやしない。でも他所からのものを、あるいは新しいものを理解しようとしないのは単なる偏見と無理解だ。
病院の者も患者も、知らないのは仕方ないが、看護師見習いたちの行動や言葉に何らかの意味を感じないとしたら、それはいかがなものかと思う。
同時に看護師見習いたちも、初めての実践の場で何を知り、何を学ぶのかが大事。彼女たちも病院の人たちも患者も、皆が学ぶべきタイミングにいる。そう感じます。
看護婦がまだいなかった時代。
看護婦になるのも手探りで難しかっただろうけれど、看護婦を受け入れてもらうのも難しかったんだろうなと思う。
それに近い仕事をしていただろう看病師からは仕事を奪われるとか、邪魔されると思われていただろうし、医者からは体よく便利使いできる駒が増えたと思われたかもしれない。
先生は日本語が堪能なのを病院側には隠した。
それはきっと病院側を油断させ生徒たちを守るためでもあるのだろう。
りんはまた空回っている。
それも間違ったーで解決するのかな。
体温の記録や脈の測り方、換気やシーツ交換などそれ自体ができてもどんな時にどんな風に必要か分かっていなかったってこと?風邪をひいて体が辛い時に消化に良いものを食べるという常識はこの頃無かったとかちょっと理解に苦しむ。明治まで看護に対してそんなに無知だったのだろうか。増して水も与えないとか同じ人間としてあり得るのだろうか。子供を産んだこともある人もいるのにそれではちょっとお話にならない。気が利く部類の子が1人もいないってないよね。
多江の看病によって看護に対する気付きが、みんなに生まれました。それは良いとして、随分とあっさり多江の問題は解決しましたね。それにしても多江の父親は疝気と昔からある漢方の用語を使っていたのに、英語もしゃべれるんだね。この頃の日本はドイツの医学を手本としていたから、ドイツ語ならわかるんだけど。保守的なのか開明的なのかよくわからない人だ。
そして学校生活はあっという間に省略されて、いざ実習。このドラマだけでなく、最近の朝ドラはちょっと展開がはやい。新しい知識、新しい職業なのだし、学ぶべきものはたくさんあるはず。もう少し丁寧に描いてもいいんじゃないかな。
元気な人ほど病人の気持ちとかしんどさとかは想像がつきにくいだろう。
今まで多江たちもそうだったのかもと思う。
実際に看病をして、されてみて初めて具体的なことと習ったことがつながった。
多江の父が簡単にナースになることを承諾したことが意外だった。
医者だからこそナースの重要さは理解できるかもしれない。
しかし、医者とナースの違いや格差的なことに思いが至っても不思議ではない。
男だけの職場に立場が違うとはいえ女性が入ることがどういうことか。
近しい立場だからこその反対があったのではと想像するのだが。
あっという間に養成所での学びは終了。
実習に移るとさらに登場人物が増えて、話が散漫になりそう。
シマケンはもう完全に一ノ瀬家の人みたいになっているね。ひょっとして、いずれりんの再婚相手になるのかな?
多江の父親だけど、「疝気」って診断していたが、あれは誤診のフラグじゃないの?多江の言った通り「脚気」ならば、あの患者の命に関わる。明治期では脚気で亡くなった人が15000人を越えた年もあるし、日露戦争では2万人を越える死者を出した。それについては森鴎外の責任も大きい。
いずれにしても「疝気」なんて言葉を使うくらいだし、家柄からしても日本の古い医学を踏襲している可能性が高い。頭の固い多江も古い医学と新しい看護。どちらを選ぶべきか考えるきっかけになりそうな予感がします。
自分が感染しないことでたくさんの未来の患者を守ることにつながる。
りんは少しずつ看護を理解し始めているように感じる。
それは他の生徒も同じなのだろう。
多江も観察するということができてきているようだ。
でも、医者になりたい気持ちの方がまだ強いのかもしれない。
家の方針で、医者の婿をとり跡取りを産む。
あくまで家では花嫁修業の扱いである看護の勉強。
その狭間で倒れてしまったが、本当に養成所をやめてしまうのだろうか。
自分で考えて、と言うのはある程度知っていることが前提ではないだろうか。ナースというものも見たこともない自分たちがどんなものになるのかも分かっていない彼女たちに一冊本を渡しただけの知識しか与えず自分で考えては今なら立派なハラスメントだと思う。髪型ひとつとっても彼女たちの持つバックボーンを完全に無視しているとしか思えない。今の時代にはそぐわない教育をどの程度の人が不快感を持たずに見ていられるか。ここが正念場かな。
看護は、患者の環境を清潔に保つことが一番大事なんだろうな。
いつでも同じようにしておくことで、違いが際立って見える。
だからこそ、再現度高く清潔にということが無意識にできるまでということだろう。
まだ、そこが理解できていないから、合格をもらうことが目的になってしまっている。
多江は髪を結いなおして家に戻ったようだ。
あの時間、寮を前に何を考えていたのだろうか。
多江の抗議に対して、バーンズ先生は「hold your tongue」とは言わず、それが看護の一部であることを丁寧に伝えている。多江に限らず学生たちは、ちゃんと学ぶ姿勢があるのならば、その違いに気が付かないとね。そして多江は髪型を戻してしまったけど、医師の娘だという自負だけでは駄目だと理解しないといけない。
それにしても美津は大したものだ。実際に育ちの良さって、こういう物怖じしないところに出たりするしね。
まずは衛生観念から学ぼうっていうところかな。まだ日本の一般人には細菌の概念がなかったし、そこがしっかりしていないと患者も看護師も守れない。それどころか看護師が感染を広げる可能性があるわけだし。
自分で考えるといっても、概念自体がないものを考えるのは無理。ただ患者のためにという精神は想像力で補えるところもあるかもしれない。
同じ釜の飯を食うって言葉があるけど、寝食を共にして同じ教科書で学ぶうちに少しずつ打ち解けてきたね。教えてもらうだけじゃ学びとしては不完全だから先生が来るまでに教科書を理解しておくようにという指示はすごく的確でいい。次週の予告を見るとなかなかの強い先生が来るみたいだから今生徒がある程度まとまってないと太刀打ちできない。早口で捲し立てられたらひとたまりもないだろう。イケメンもいいけど少し勉学に集中してほしい。
リンゴのおかげでクラスメイト7人の雰囲気が少し良くなりましたね。トメは間違いなく確信犯でリンゴを配ったのだと思うし、彼女はこれからも空気の読めるムードメーカーとして頑張ってくれそうです。
やってきた看護の先生は厳しそうな人でした。まあ他人の面倒を見るとはいっても仕事だし、看護師がみんな優しい天使のような人であるわけはない。むしろプロフェッショナルだからこそ、仕事には厳しく、患者には優しくということを学ばせるような気がします。
門限破りの罰則が掃除だけで良かったね。
夜中までふたりだけでさせられたことで、ゆっくり話をすることができた。
捨松様のところにそれぞれが行ったことで、それなりに心の中では関係性が改善されてはいたのだけれど、実際に態度が変わるきっかけになったのは確かだろう。
直美もみんなにobserveの意味するところを説明して共有するという変化があったし、その上でりんも観察という新たな訳語を伝えた。
同じ釜の飯を食うとはよく言ったものだ。
どんどん遠慮も取れて、お互いに節度を持って言い合うことができるようになった。
直美にアップルパイを作らないでと頭を下げながら言った時が象徴的な気がする。
いやいやなんでりんも直美も門限守れないのよ。すごくだらしない印象になってしまってもったいない。ギスギスした女子たちに疲れ、志の低さに呆れる。もうちょっと応援したいヒロインになってくれないと半年はついていけないよ。小さな環が癒しだったのに随分と大きくなってびっくり。りんの恋とかって必要かな。母親も中途半端で恋愛パートも中途半端。直美は終始誰かに八つ当たりしてるしどっちも好きになれない。自分のことしか考えられない人に看護は向いてないと思う。
ここで西周の名前が出てくるとはね。「観察」というのは西の翻訳か。西は「哲学」とか「科学」「心理学」「芸術」「意識」「技術」など、たくさんの翻訳語を生み出し、今では普通に使われる言葉になっている。これは言い換えると新たな概念を生み出したとも言える。あ、「概念」も西の翻訳語だね。
本当に新しいものというのは、置き換える言葉さえなかなか見つからない。そういうもの。その新しきものを頑張って理解しようとするりんと直美は、どこか似た者なのでしょう。
この時代は、まだ「観察」という言葉は仏教用語で、日常には使われていなかったのか。
捨松に聞きに行くも、日本語より英語の方が達者な捨松だから余計にぼんやりとした概念的な説明しかしてもらえない。
りんと直美が別々に同じ内容で捨松に聞きに行ったことで、ふたりは良いパートナーになると捨松は確信したようだ。
さすがに捨松へのハードルが低すぎる気はするけれど、誰か俯瞰して見れる立場の人がいた方がドラマとしては良いから仕方ないかな。
シマケンから「観察」という言葉を聞き、寮に戻るけれど直美ともども早速の門限破り。
さてどうなることやら。
りんが言ったことは正論ではあるけど、時に正論は相手の逃げ道をふさぎ、拠り所まで揺さぶってしまう。だから正論って使い所によっては嫌がられるんだよね。
直美は苦労したとはいえ、精神的には幼く、打たれ弱い。ある意味で子ども時代を奪われた人生だし、そこはやむを得ないところもあるんだけど。だからといって周囲が特別に気遣う理由はないし、普通に考えれば、りんの指摘は彼女曰くの「間違い」とは言えない。でも彼女は違うと思った。それがどういう意味なのか気になる。
りんは本当に思ったことをすぐに口に出す。
間違えたとか間違ってないとか、それよりも子どもがいる母なのに幼く見えてしまう。
直美に対しても、たしかに褒められた態度とは言い難いのだけれど、だけれども好き勝手言ってよいとは思わない。
まだ、多江の方がプライドがあって、言っていることにも筋が通っている。
りんはいったいどういう立ち位置で物を言っているのだろう。
直美は自分の見る目を信じられないから、捨松の見る目を信じると言っていた。
どんな状況でも生きてきた彼女だから、りんのひと言くらいで折れるとは思えないが。
時々入るナレーションのような感想文のような研さんの声が少し浮いていて特に今日は邪魔だなと思ってしまった。
こんな気の強いわがままな人たちが日本初のナイチンゲールになるなんて笑えるわ。勤勉さもなく志も低い。こんな人たちに看護されたくないよ。学舎で女子が学んでいるのは一緒なのにどうしてこんなにちがうのか、虎に翼との違いに悲しくなる。直美は自分も救えていないのに人を手当することなんてできないと思う。蔑まれすぎて今があるんだと思うけど不貞腐れているだけじゃどこにいっても勤まらないよ。見違えるほどの成長を見せるための助走だとしても不快感しかないよね。
りんが直美に放った言葉は的を射ってますね。髪を切るとか、服装を変えるとか、どんなことであれ行動をすれば、周囲から必ずそれに伴うリアクションが起こる。そんなの当たり前。その反応に毅然と対応できないのに、中途半端に行動だけするから言葉に詰まる。
何にせよ、別に誰かひとりがナースになる競争をしているわけではないし、そんなに対抗心を燃やさなくてもいいだろうに。ホント、人は無駄に争うのが好きだよねえ。そういうのがないと友情が生まれにくいのだとしたら幼いね。
ありがちな学園物の朝ドラになってきたな。
いろんな出自の人たちがいて、いろんな背景があって。
女学校からの編入?にはさすがに驚いたけれど、よっぽど女学校や家が合わなかったのだろうか。
まだ看護の先生は船の上。
参考書だけが先に着く。
これからの授業が英語だろうことは大山様の話でも少し出ていたような気もするのだけれど、覚悟無く入ってきた人もいたようで。
多江と直美のバトルがさっそく始まった。
教科書通りの英語も、会話英語もどちらも読み進めるには必要だろうな。
髪を切ることが御法度とは知らなかった。まぁそんな時代なら尼さんなのかと聞かれるのも不思議ではない。直美も聞かれるのが嫌なら髪なんて切らなきゃ良かったのに、わざわざ目立つことをしておいてめんどくさい女だね。教える方も捨松のゴリ押しで始まったみたいだし全然整っていないし前途多難。ただ自分の食い扶持のためよりも人のためにって心持ちの人が医者の娘しかいないのが残念。寄せ集め感満載の同期はナースになれるのかね?
早速、学生たちのマウンティング合戦開始ですね。直美はあの性格だから衝突するのは確実だろうけど、多江も向こうっ気が強いなあ。奥医師の娘と言ってたけど、きっと彼女の家もわけありなんだろう。大体、朝ドラでヒロインに突っかかる同性はそういうものだからねww。
まあ患者だけでなく、医者もいろいろいるし、多彩な顔ぶれに囲まれるというのは社会勉強のようなもの。良い意味でぶつかり合い、切磋琢磨するといいんですけど。
直美さんがバッサリ髪を切っていて驚いた。
先生は看護への意気込みは分かりましたと言っていたけれど、死んだつもりでとかそんな風に受け取ったのかな。
昔は髪はいのちの象徴みたいなところあったし、髪を切るとかおろすというのは仏門に入る時くらいだったから校長も気になっても仕方ないだろう。
学校はまだできたてで何も整ってない感じだ。
生徒たちも思いのほか少ないのは、やはり蔑まれる仕事と思われたからだろうか。
集まった生徒たちは出自も年齢も目的もまちまちで、個性も強そうだ。
今日は出てこなかったけれど、看護の先生はどんな人たちなのだろう。
物語のスピードが速いのとヒロインが2人いることで話が分散されてしまって未だりんにも直美にも感情移入できないでいる。そして2人のモデルがいるにも関わらず設定や看護学校へ行く理由などが全然違うことがとても問題だと思う。お二人の子孫がいるならば放送をとても楽しみにしていたと思うから今頃がっかりしていないか心配だ。時代背景が違うなら今とそぐわないこともあるけど、どうしてここまで改変してしまったのか理由を聞いてみたい。
虎太郎はかつてのお嬢様から少し成長したりんの姿を見て、彼女が正しい道を歩んでいると判断して、自分の想いを引っ込めたのでしょうね。昔のままの彼女だったら、彼はきっと告白していたように思います。
美津ですが、緞子の帯を隠して持っていたらしい。まあ嫁入りの際に持ってきたもののようだし、本当にいざという時に備えていたんでしょうね。私も明治生まれの祖母が亡くなった時、箪笥の隠し引き出しから帯が出てきた記憶がある。昔の女性は結構そうやって自分あるいは家族を助けるよすがにしていたのだと感じます。
りんは環のためと言いながら、環の未来に自分の未来を重ねている。
嫁ぎ先に人生を委ねる生き方ではなくて、自分の力で自分の人生を生きる。
とても大きな決断だ。
戦前に祖母が許嫁との結婚を嫌って看護学校へ逃げ込んだことを思い出した。
りんの選択はのちの世に女性が自ら選ぶことができる生きる道となるのだ。
母上はりんがどんな選択をしても大丈夫なように用意していた様に見える。
りんの選択を認めるわけではないけれど、その覚悟は認める。
この母上も浮世離れはしていても肝が据わっていてすごいなと思う。
随分乱暴に環を連れて行ったけど、りんが奥田家に戻って亀吉と話しあいができて良かったなと思う。感情論じゃなくて環をどう育てたいかちゃんと言えたりんはえらい。姑はもしかしたは火事の時嫁と娘を助け出さなかった息子に愛想が尽きていたのかもしれない。あとは母が引き取るとでも言うように嫁と孫を追い出した。2人が小魚を覚えていてくれただけで十分だったのかな。虎太郎は余計だったよね。どこに行ってもイケメンが助けてくれる世界は興醒めだ。
義母さんは、環ちゃんのこと可愛がっていたんだね。
だから、環の好物が小魚の煮たものだと知っていた。
くれてやればいい!という言葉も、環のことを思ってのことだろう。
旦那にしても、りんを連れ戻すために環をさらっただけで、環に関心があるわけじゃない。
手を尽くしてまで取り戻すくらいなら、最初からりんのことを大事にしたらよいのにと思うけれど、なんにせよ不器用な男だったんだろうな。
自分だって女だ、って義母さんの言葉が悲しいな。
きっと義母さんもたくさん我慢して今に至るんだろう。
息子の世話にならなきゃ生きていけないし、りんの覚悟みたら少し羨ましくなったのかも。
姑さんも奥田家の女で、りんの言葉に頷いてしまう思いがあったんだろうね。孫である環は可愛いけれど、あえて突き放した。まあ古い因習を守るしかなく、今のようになってしまった姑さんのせめてもの抵抗だったのだと思う。亀吉の方は相変わらずだけど。
虎太郎は昔からりんに惚れていたんだろうし、このタイミング以外に気持ちを伝えるのは難しいだろう。ナースになると心に決めたりんを留めることは出来ないだろうけど、思いのたけを伝えられるといいね。
直美は欺かれたと怒っている相手からいい詐欺師になると言われてしまった、自分がしていたことが詐欺だという現実を突きつけられショックだったろうね。ただ幸せになりたいだけなのにというやるせなさが滲んで共感できた。一方のりんは昼間っから若い男とランデブーですか?お母さんや妹がいるからっていうのもあるけど子供連れてない時が多いよね。必死で一家背負って娘を育ててるって感じがしないところが共感できないのよね。
やはり小日向は詐欺師か。おかしいと思った。散々、小日向を罵倒した直美だけど、その言葉はすべてそのままブーメランのように自分に返ってくる。ただ彼らを一概に責められないのは、二人とも親がおらず、今のようにちゃんと教育を受けられる環境ではない時代に、社会的に正しいことは学べない。貧民は生き抜くことが知恵であり正義だからね。
りんにとって島田は良き相談相手になりそう。島田には知識がある。いつの時代だって結局のところ知識は人を助けるものだし。
あれは紙飛行機ではなくてトンビだったのか。
少し引っかかっていたから、これで気にせずに済みそうだ。
母が言ったからではなくて、自分の中に偏見があるからだというシマケンの言葉は重い。
そして、病人にとっての看護者の手がどれほど救いになるかということも語っていた。
医療の進んでいない時代だからこそ、病人本人の気力がより重要だっただろうし、そういう意味では看護師の負担も大きかったのだろうな。
直美は小日向が詐欺師だと知って涙を流していた。
自分がどれだけ着飾っても、中身が伴っていないことを嫌というほど感じたのだろう。
それでも直美の英語はあの時代には貴重だっただろうし、まるっきり何もないわけではない。
誰かの養子にでもなれれば良かったのに、教会の伝手でなんともならなかったのだろうかと思ってしまう。
鹿鳴館を去ってどうやって生きていくのだろうか。
りんの母もばけばけのタエ様も武士の世を引き摺るお嬢様なんだよね。そして目に見えない格を大事にしている。りんは環の今後を見据えて自分の力で逞しく生きようとしているのに、母は許さない。お金がなくては始まらないのにこの期に及んでかすみでも食べて生きるつもりなのか。本当に世話がやける。ただ職業差別とは恐ろしいもので需要があるから成り立つ職業も蔑まれたりする。よりによってナースを選んだ娘を古い頭で理解するにはどうしたらいいのだろう。
気になるのは小日向が鹿鳴館の通行証が見つからなくて直美の手引きで入館したこと。考えてみると小日向はいつも入口付近にいてちょっと言動が怪しい。アメリカ帰りの海軍中尉というが、軍務で上官に会うなら軍服に階級のわかる襟章とか肩章を付けているんじゃないかな。何となく類は友を呼ぶじゃないけど、直美と同類、同じような目論みがある気がする。
りんの方はやっぱり父親の死が心に残っているんだろうね。りんはいつもおっとりして見えるけど、自分が何もできないことに苦悩している様子が見える。その悩みを解決するのに捨松の提案は願ってもないもの。でもね、娘と家族がいるからね。
りんがナースの道に進むのは、やはり父との最期が影響するんだろうな。
あんな風にひとりで逝かせてしまったことは、目の前だからこそ心に大きな傷を残すだろうし、後悔もたくさんあるだろう。
あの時のりんにはそれしか道がなかった。
でも、トレインドナースならどうだった?というのは当然の疑問だろう。
娘の高熱も見守ることしかできない。
それだって、トレインドナースになったら何か違うのかもしれない。
女性が生きていく確かな道だとしたら、動機としては十分すぎるくらい十分だ。
一方の直美は危ういな。
初めて言い寄られて舞い上がっているようにも見える。
結婚がゴールだと思っているあたりも、りんの半歩後ろを歩いている感じに見える。
捨松は那須で一回しか会っていないりんを覚えていた!ということは直美と出会ったことももしかして覚えてる??この子には光るものがある!って思ったから出会いの嘘も見逃したのかな。そんな先見の明のある捨松に見染められた2人。ただ今までの看病人の地位の低さを知っていたら踏み出せないよね。宿舎には子供は連れていけないだろうしモチベーションがない2人にはハードルが高すぎる。これからどうやって説得されるのか興味あるな。
いよいよ捨松が二人にトレインドナースにならないかとの話になりました。まあ玉の輿ねらいの直美が断るのは当然か。りんの方はそれどころではなく、旦那の追手の影が見える。まずはなんとかして離婚するのが先だな。
捨松の想いはわかる。それまでの日本は経験に頼る医療や看護であり、質的にも量的にもまったく足りていない。いくら明治政府や鹿鳴館のように形だけ西洋の真似をしても、ソフト面での遅れは隠せない。そこに目を向けた捨松はすごいよね。
直美の嘘がバレたのは小日向の家の方で探りを入れたからなのかな?この時代に直美の嘘はどこまで通用するのだろう。始まったばかりではあるけれど一応戸籍もあるしすぐにバレそうだけどね。それにしても親がいない子供に当たる風があれほど酷いものだとは知らなかった。子供は被害者なのにどうしてこうも差別されるのか、メアリーたちも分かっていたはずなのにあれだけ乗せといてアメリカに連れていかないって酷いな。りんはお母さんたちが来て活気が出たね。来週は亀吉さんが来ちゃうのか?心配だな。
りんの母上はやはり世間知らずのお嬢さまなんだろうな。
簡単に他者を信じて疑うことを知らない気がする。
奥田の家がりん達を諦めたというのも男二人がうろついている感じだと方便だろう。
さすがにりんを頼って東京へ出てくるのが早すぎる。
直美の方は。
近づいてきた海軍さんはたぶん偽物なんだろうな。
次男坊ということで、たしかに囚われるものは少ないかもしれないけれど、この時代の婚姻は家同士のこと。
本人同士でお付き合い云々はさすがに物を知らなさすぎる。
今の80代でも就職や結婚で身元を確かめるという習慣が残っていたと聞くのに。
そういうのと無縁な生活を送ってきた二人なのだろう。
直美の身元の不確かさは捨松には見破られていた。
当然だろう。
それでも何か思うところがあっての鹿鳴館への推薦だったのか。
二度目のりんとの出会いはどう働くのだろう。