※まだ評価はありません。
| 脚本・ストーリー 2.8 /5.0(55.6%) | 1027位 /1304件中 |
| キャスト 3.0 /5.0(60.4%) | 1062位 /1304件中 |
| 演出 2.9 /5.0(57%) | 1015位 /1303件中 |
| 音楽 3.1 /5.0(61%) | 846位 /1304件中 |
| 感動 2.6 /5.0(52.2%) | 903位 /1299件中 |
| 笑い 2.4 /5.0(47.6%) | 876位 /1299件中 |
| スリル・興奮 2.7 /5.0(53%) | 970位 /1297件中 |




2.85 / 5.0 (回答者数41人) 1030 位 / 1301件中
| 脚本・ストーリー 2.8 /5.0(55.6%) | 1027位 /1304件中 |
| キャスト 3.0 /5.0(60.4%) | 1062位 /1304件中 |
| 演出 2.9 /5.0(57%) | 1015位 /1303件中 |
| 音楽 3.1 /5.0(61%) | 846位 /1304件中 |
| 感動 2.6 /5.0(52.2%) | 903位 /1299件中 |
| 笑い 2.4 /5.0(47.6%) | 876位 /1299件中 |
| スリル・興奮 2.7 /5.0(53%) | 970位 /1297件中 |
まさかまさかの直美の結婚!こんな日が来るなんて、文さんにも見てもらいたかったね。相手の方は立派そうだけど結婚になっても出てこないってあの時代あったのかね?内々のお披露目ってことでしょうかね。そして三津さんの退職。もしかしたらだけど体が悪かったりするのかしら。まだまだ元気なおばあちゃんでいてほしいわ。そしていよいよ来週はりんの恋の話になるのかしら?シマケンさんと進展なるか、楽しみだわ。
直美と小川が結婚か。直美は良い人を選んだし、吉江さんの嬉しそうな顔が最高でした。家族縁の薄い直美だからこそ幸せな家庭が築けるといいですね。とはいうものの、ここからの日本は戦争の影がずっと続く時代になる。小川は軍人だし、日露戦争への出征は確実だろう。戦死なんてことにならなければいいけど。
そしてりんとシマケンの方はどうなることか。
お嫁に行っても家族には変わりないという言葉。
きっと直美にとってはとてつもなく嬉しかっただろう。
小川と一緒になるお祝いに、同期がみんな集まって。
そこへ吉江先生まで。
初期のころには考えられないほどの幸せの中に直美がいる。
最後の瑞穂屋での会話を考えるとここから地獄に落とされる展開になるのだろうか。
戦争の足音が聞こえる人には聞こえる時期に差し掛かっているということなのだろう。
りんも直美も、恋心を打ち明けられて戸惑っているようですが、明治時代となれば奥さんは家に入って旦那を支えるという世相。でも二人はこれからやりたいことがあり、黙って家で待つ妻にはなりたくないのだろうと思う。
ここで必要なのはパートナーの理解。それは今の時代もまだ問われているところでもある。だから女性たちの物語ではあるけど、男性の在り方も問われているんだよね。
横澤はいい意味で空気読まないし押しも強いしめげないし。
きっとなんど断られてもプロポーズし続けそうだ。
でも、りんは他人に自分の幸せを委ねたくないと思っているから、そこはずっと平行線な気がする。
恵風看護会は順調そうに見える。
無料の看護も始めたけれど、不公平となったりしないだろうかと少し心配になる。
環境が良いとは言えない状態の中にいる喘息の患者。
発作を抑えるのは至難の業だろうなと思う。
布に膏薬を塗った湿布は懐かしいな。
いつもより少し早く眠れたと言っていたし、周りも少しは眠れただろう。
ただ、この時代、医学も科学も浸透していなかったから、周りはどう見ているのかが少し気になるところだ。
横沢からのプロポーズですか。もちろん本人次第なのでしょうが、りんには合わないかなあ。横沢って、考えてみてと言いながら、あまり相手の話を聞かない。それって自分の価値観が良くも悪くも固まっているから。りんは直美のような行動力はもたないけど、これまで自分の芯となる部分は譲らない。だからちゃんと話し合える相手がいいと思う。
個人的な一押しはやはりシマケンかな。生活力に欠けるし、頼りないところもあるけど、りんには合いそう。
え?黒川先生のところで働いている様子は全カットなの??もう少し看護の部分を丁寧に描いてほしいなー。当たり前だけど一年経った気がまるでしない。派出看護は大盛況って割にはナースの人数も少ないしシャボい感じが拭えない。ミツさんの腰痛が病気の前触れになってないといいけど。久しぶりに出て来た妹はご懐妊か。それにしてもこの時代に何年も結婚もせずに好きだなんだってやってる人たちっているのかね?みんな気が長すぎだろう。
赤痢を通して村の人は病院で診てもらうことや看護してもらうことのありがたさを知り、りんは看護に復帰する大きな転換点を迎えました。感染症を正しく怖がることは感染を広げないための大事なことだと現代の私たちもコロナ禍を通して学んだことなのでとても身近に感じました。とにかくあささんが生きて戻れて良かった。黒川先生もりんに救われた部分が大きかったからこその太っ腹な提案だったのでしょう。環ちゃんはあと一年の辛抱、頑張ってほしいです。
アサが病み上がりなのにご馳走作っているのかと思ったけれど、後から感染して重症化した人もいただろうし、後の消毒とか片付けとかあって、すっかり元気だという設定なんだろうなと思いなおした。
怪しげな東京からの患者は今でいうところの厚労省の役人か。
上に報告しておくと言っていたから、これから看護婦の資格とかそういうところで関係してくるのだろうか。
直美の本来の目的であるりんを誘うという話もできたし、黒川の病院で看護師を育てるという話も破格の条件でまとまった。
なにより校長先生のお話が現実と夢とそれを追う人と見守る人と、どう違ってどう行動すべきかをよく表していた。
あの女学校の生徒たちは幸せだなと思う。
来週は黒川病院の話かと思ったら、もう東京へすっ飛ばす感じか。
教えるということは自分の中を整理し、さらに高めることだから見たかったなと思う。
黒川医師がりんに太っ腹な報酬を約束したのは、彼女への感謝以上に看護婦の必要性を痛感し、その価値を評価したんだと思う。だから自分で示した価値として、堂々と受け取ればいい。
村の人たちも助かった人ばかりではないけど、ちゃんと自分たちが誰に救われたのか理解しただろう。こういう積み重ねでしか、迷信とか妄執というのは消えない。明治という時代に限らず、新しい時代というのはこういう地道に種をまく人がいるから花開く。最後にそれを結実させた人ばかりが注目されがちだけど、その背後にはたくさんの先人や理解者がいたことを忘れないでいたいね。
病気が長引き気力も体力も限界でもう死んでしまってもいいと思うくらい精神的にも追い詰められた時子供の声が聞こえる。これはもう泣くよ。これもコロナ禍を経験してきた私たちだから胸に響くものがある。お母さんが心配で病院のそばをうろうろしちゃう気持ち、垣根越しにしか送れないエール。もう何もかもが分かりすぎる。こんなことが何度繰り返されてきたのだろう。情報がない中、病気を恐れる気持ちは計り知れない。自分がかかるリスクを承知で看病してくれる看護師さんは今も昔も変わらない。ほんとに頭が下がる思いだ。
こういう時、直美の行動力とか他人を巻き込む力は頼りになるね。特に日本最初の看護婦として先のことを考えれば、リーダーシップをとれる能力を持っているというのは重要だと思う。もちろん先に黒川医師とりんや看病婦たちの献身があってこそだけど、直美の言葉が村の女性たちを動かし、流れを変えそうです。
横沢はちゃんとした記者のようですね。ちゃんと見て、ちゃんと声を聞いて、記事を書く。それが本当のジャーナリスト。今もネット記事の引用ばかりせず、自分の足でネタをとって欲しいね、記者さんたちは。
りんはいつかナースに戻ってもらわないと話にならないと思っていた。それが赤痢に喘ぐ村とは絶好の舞台だろう。感染症には清潔が欠かせない。どうしたら移るのかを知らないと看護はできない。そこに経験と知識を持ったトレインドナースがバチっとハマる。病人を病院へ連れ出す今では当たり前の行為も村人から非難され石を投げられる。意味不明すぎるがそれが当時の認識で医師は助けてくれる存在ではなかったということか。赤痢で村を救ってがらっと態度が変わるのだろうか。
この村の者たちのように、無知であることや違う意見を持つことは、いつの世でも起こることなので仕方がない。だからといって石を投げつけたりするのは違う。今もSNSとかで他人を叩く人がいるけど、正しく批判(非難ではない)し、感情的にならない態度をとってこそ大人だと言える。この村では赤痢に罹患した母親の子どもが一番大人だ。
そして直美がやってきた。黒川が知らせたのだろうか?ここで彼女の登場は戦力として大きい。そして柳生は何者なのだろう?
りんの故郷でのコレラの時は避病院の中って描写がなかったような気がするけれど、今回は中で働くから状態がはっきり見えたね。
病院とは名ばかりで、ただの押し込み小屋というか隔離施設。
きっとずっとこんな状態で、家畜よりひどい状態でワラの上で寝かされて亡くなるまで放置に近かったんだろうな。
股のあたりにシミのある着物の人までいて、そうだよね…となった。
さっそく換気と掃除と消毒に取り掛かるわけだけれど、何せ指導するのが一人だし、そもそも人手が足りていない。
いっぱいいっぱいの状況での直美の登場。
救いの神に見えただろうな。
ここで立ち向かわなければ、りんは何のために看護を学んだんだということになるからね。
それにしても赤痢か。今なら抗生物質があるから、そう恐いものではないけど、明治時代だとおよそ罹患者の4人に1人は亡くなっていたらしい。まだ伝染病は呪いか何かのように思う人もいたし、水道から清潔な水が豊富に得られる時代でもないから、いろいろやむを得ないんだろうけどね。それでも自分のせいにすればいいと言う黒川医師の姿を見ていると、医は仁術という言葉と同時に、無知は罪だという言葉も思い出す。
これを乗り越えられれば、りんも看護婦として次の一歩を踏み出せそうだし、頑張って欲しい。
黒川先生が遠くの村で赤痢が出たと、りんにも一緒に来て欲しいと知らせに来る。
早めの夏休みとは校長も粋なことを言う。
覚悟を決めたりんはきっと過去のトラウマをあっさりと乗り越えるだろう。
りんは父親をコレラで孤独死させてしまった時のことを思い出す。
同じように避病院が作られ、同じように差別が起き、同じような苦しみ悲しみが起きていることを知る。
こういう時こそ正しい知識や技術を知っていることはとても大切だし、役に立つ。
現在15名ほどという患者がこれからも増えると考えると、トレインドナース1人というのは少々辛い。
直美に応援を頼むんだろうな。
恵風看護の会が始まったと言っても周知されていない今は利用者さんの口コミが命。でもしのぶさんも契約を切られちゃうし前途多難だよね。経営者としての手腕が問われるけれど経営学を学んだわけでもないし難しいだろうな。りんのシマケンさんと環の海辺のシーンはすごく素敵だった。これで2人が結ばれるまではいかないまでもお互いの気持ちは通じたのかなという印象。史実ではりんはシマケンさんは結ばれないみたいだけど、ドラマだし2人がくっついてもいいよね。
直美のちょっと強引なアシストもあって、シマケンなりの告白ができたのかな。その後のりんの顔を見れば、いろいろ鈍い彼女でもシマケンの思いは伝わった気がする。経済的には少し心配だけど、たまきちゃんもなついているし、二人が結婚するのは悪い選択じゃないと思う。
直美の方はりんへの協力を言い出せていない。りんには何か自信回復の機会が必要だ。なのでそんな何かが起こりそうだね。
ばけばけを思い出すような夕日と海といい雰囲気のカップル。
でも、この二人はこの先一緒に歩いていくかわからない。
ただお互いに愛しいという気持ちが通じただけ。
直美は監獄帰りの記者を足止めしてどうしているのだろう。
環を合わせるのも、シマケンを同行するのも直美にとっては本題ではないはず。
りんが少しだけ看護と向き合い始めたことを知って、直美は少しホッとしているのではないだろうか。
りんは看護会のこと上手くいっていないこと、直美の横顔見ていて気付いたかな。
距離が遠いと本心がなかなか言いにくいというのはあるよね。
シマケンは手紙の方が言いたいことが言えると言っているけれど、りんみたいに鈍い人相手だと本心は伝わりにくい。
まあ伝わったとしても、りんは男性に人生を委ねる気持ちはなさそうだけれど。
恵風看護会はなかなかその活動は軌道に乗りそうにない。
一日分の給金を巡ってのやり取りから、もう少し作戦を考えることが必要だと気づいたふたり。
新潟でも常さんが倒れたことで看護に向き合うきっかけができたようだ。
辞めた時よりはてきぱきと動けていたし、脈もやり直しはしたけれど何とかなった。
黒川先生の頼みで「看護のいろは」を書き始めたことで、余計に看護への気持ちを見つめなおすことになるんじゃないだろうか。
直美と小川は良い感じですねえ。まあ詐欺師の寛太とは腐れ縁止まりがいいと思うし、小川とこのまま良い関係を作れればいいね。で、小川の言う通り、やはり援軍は必要だと思う。もちろんりんは当然として、他にもいろいろ巻き込んでいく必要がある。
りんだけど本当は一度、黒川の病院で働いた方がいい。リハビリもかねてね。でも直美のこともあるけど、何より娘のためにも東京に戻るべきだろう。娘のために自分を犠牲にするというのではなく、共に生きるということの意味を教えるためにもね。
直美さんが新しいことに挑戦し始めて、看護会の名前も決まって。
でも世間的には看護婦と看病婦の違いもわからないし、女中と間違えている人までいる。
病院と離れて仕事をするということは後ろ盾を失うことだから、そこを浸透させていくのは難しいのだろうなと。
一方のりんパート。
シマケンさんとのやり取りがりんの心を癒していそうなことはわかる。
ただ、相変わらずの考えなしの行動には見ていて心は動かない。
怪しげな記者に面会に行ったり、行動の根本が見えないのだ。
ふわふわと興味のままに動いているのだろうか。
当時の新潟が田舎だったとは思わないのだけれど、奥様は相変わらず上がりだっただろうなとは思う。
女学校を壽退学するのは昭和の初期までは普通にあったことだから。
そこからはみ出した人が女学校の舎監をしている意味は何なのだろうか。
集会で演説を聞いていただけという青年だけど、年代的には自由民権運動が起き、大日本国憲法の公布、初めての帝国議会選挙が行われる頃かな。上越では自由民権運動も盛んだったようだし、高田事件という弾圧事件もあったからね。まあ自由民権運動は日本で初めて女性の権利を主張したものでもあるし、そういう時代に最初の看護婦たちも奮闘していたということちょっとだけリンクさせたのだと思う。
直美の方だけど、こういう思い込みは案外女性の側にも多かっただろう。そしてりんだけど、横沢に告白されたものの場所が場所だからねえ。ここで「うん」という猛者はさすがにいないだろうなあ。
日本で初めての派遣看護婦の会。
当然、訓練された看護婦は直美たちの代以降しかいないのだから、自分たちの伝手を頼って探すしかないのだろう。
さっそくしのぶさんが加わってくれたことは心強いだろう。
そして二人目の母も協力的だ。
りんの周りにいた人たちを上手く使っているところはさすが直美さんだなと思う。
それぞれ反応が違うのが見ていて楽しい。
吉江先生が東京を去るとのこと。
直美さんのことをどれだけ思っていたのか、どれだけ心配していたのかが伝わってきてもらい泣きしそうになった。
やだー!吉江先生、わざわざ退場させなくてもいいじゃないか!このまま近くに住んでたまーに出てきてくれるだけでいいからいてよ!最高の癒しがいなくなってしまう。会の名前は手紙か何かでお知らせしてくれるのかな?長屋のおばちゃんも産みの母である文さんも亡くなってしまったのだかは直美の成長をずっと見守ってくれる人としてまだまだいてほしかったな。
で、これからはりんや直美の恋の話になるのかな?琥太郎はちょっと勘違い野郎になってきたから選ばれないだろうな。
再び来る人がいて、旅立つ人もいる。何にしても人の縁が大事なんだと思わされました。
捨松、美津、卯三郎、虎太郎、シマケン、しのぶ、そしてもちろん母親である文。他にも様々な人の想いや行為が重なりあって、直美の構想がひとつ形になりました。
そして吉江が旅立っていきます。きっともともといろいろなところで布教活動をしたかったのでしょうね。でも直美が心配だった。彼女の巣立ちを確信して、彼も次の一歩を踏み出したのだと感じます。
それにしても直美の髪型が変わっていました。心機一新なのかな。似合っています。
捨松様もなかなかハードルを上げるねー。ご自身だって留学したという自分の知名度とご主人の知名度を合わせて活動してるのに、ナースを知らない一般市民に直美を立たせるっていうのはちょっと厳しすぎるんじゃないかな?直美も直美で貧しい人はただってそれはやりすぎだろう。お金持ちはどうか分からないけどその下の別に裕福ではない人たちは納得するだろうか。大きな夢は立派だけどちょっと心配。りんの恋より直美さんを見たいな。
派出看護、今なら訪問看護だね。多田院長はさすがに帝大病院の責任者だけのことはある。考え方やアプローチの違いはあっても、ちゃんと医療の発展を考えている。りんへの申し出も悪くない話だし、時間がたち、環境が変われば、自分も変わるかもしれないから、頑なにならないでやってみればいいのにね。
捨松の話だけど「お金持ちの奥様」と言っても、彼女はそもそも賊軍にされた会津藩家老の娘。戊辰戦争では会津若松城に籠城し、怪我さえしている。そして渡米し、かつての敵であった薩摩の大山巌と結婚と、ただのお嬢様や奥様ではない経歴の持ち主だ。そんな彼女を「お金持ちの奥様」と切って捨てる奴がいたとしたら、よほどの無知か、よほどの人生を送った人だと思うよ。
ふみさんも自分が母親だと名乗り抱き合って泣きたかったかもしれない。でも最後まで名乗ることはなかった。最初は薄情だと思ったけれど名乗らなかったことも名前をつけなかったことも自分と縁がない世界でみんなに愛されて生きてほしいと願ったから。自分を戒める意味でも名前をつけなかったのかなって思ったら涙が止まらなかった。立派になってすごいと誉めることとごめんなさいと謝ることができたふみさんは満足そうでもあった。人生の終わりに生き別れた娘とたくさん時間を共有できて幸せだったと思う。
文という名前も自分でつけたのか。逆に直美に名前を与えなかったのは、名前をつけるのは愛情でもあるけどある種の束縛でもあるからだろう。それは捨てる自分のエゴを後の家族にまで背負わせることになる。本名があり、女郎としての名があり、更に自分でつけた名まで持った文さんならではの考えだったのだろう。
直美もこれでひとつ大人になり、一区切りがついただろう。ここから彼女の新たな人生が始まると言っていいのだと思う。
最後まで文さんは母親だとは名乗らなかった。
名乗ることよりも、私と違って直美さんは大丈夫だと告げることの方がきっと大切で、自分と一緒と思ってほしくないとかそんな気持ちも含まれていたような気がする。
美津さんが言うように、卯三郎さんが言うように、自分の力で立派に育った娘を見ただけで、狭い部屋に一緒にいただけで、もう何もいらないくらいの気持ちだっただろう。
無理を押してまで神様にお礼を言いに行きたくなるのもわかるし、あんなに長く祈っていたのもすべて隣にいる娘の幸せのことだろう。
直美さんにとってはどうだったかわからないけれど、きっと言葉は無くても気持ちは通じたと、文さんの不器用な愛情も届いたと思う。
二人目のお母さんも本当に懐深くて素敵だと思った。
文さんが本当のお母さんだったんですね。あれだけ近くに自分の捨てた子供がいて自分の看護をしてくれているってどんな気持ちなんだろう。やっと顔を触れられた気持ちはどんなだろう。そして最後に出てきたやりたいことはどんなことだろう。母と娘に残された時間は少ない。残り少ない人生を娘のために使ってくれる気にはならないだろうか。逝く者の後悔と見送る者の後悔、それが消えることはないけれど今伝えたいことややりたいことは全部やってほしいと思う。
文さん、外国へ行こうとしていたのか。ちょっと何かが違っていたら、大浦慶みたいになっていたのかもしれない。人の運命って本当にわからないものだね。
直美に知らされ、死期を悟った文だけど、卯三郎に何を頼んだのかな?なんとなく直美に何かを残しそうだけど。そして直美には何を願うのだろう?
せめて最後に親子らしい何かが残れば、どちらにとっても良いと思うのだけど。
直美さんは自分に置き換えて文さんに告知をした。
身寄りがいないからこそわかる部分もあるのだろうし、娘だからこそというところもあるのだろう。
勘太は引き続き調べてくれていた。
文さんの身に起こったことは、今の時代にもある種起こりうることではある。
父になることを恐れて逃げてしまう。
ましてや女が一人で生きていくことの難しかった時代だ。
どれほど絶望したことだろうか。
それでも産み、誰かが育ててくれることを、せめて子どもだけでもと思って教会の前に置いてきたのだろう。
本当に直美の母であるなら、直美さんの今の姿はとても嬉しいに違いない。
帝都医大の先生に思いを寄せられていると知ったときの嬉しそうな顔。
そして今日の壊れそうなものに触れるかのような手の動き。
ひとつだけあると言ったしたいことは何だろう。
直美さんにとっても心が解けることだといいのだけれど。
環ちゃん、本当に良い子だね。大人をよく見ている子は早く大人になる。その善し悪しはなんとも言えないけれど、あまりに子どもっぽい大人が多い今の世の中を考えると、そう悪いことではないように思える。
藤田先生だけど、直美のことが気にかかっていることは置いておいて、実は医者の限界を知り、看護婦に対しても理解がある。お調子者というだけでなく、意外にちゃんとした良い医者だね。そこはさすが帝大か。
まあ直美はまず文に対して、看護婦として出来ることをやる。それが大事だと思う。
吉江さんは本当に良い人ですね。彼は直美の師でもあるけど、家族でもある。間違いなく直美の父親は吉江さんなのだと思います。そして吉江の言う通り、直美は自分でつかんだ仕事と家族です。りんよりもそこは一歩前にいる。
文ですが、彼女には彼女の事情があるのだろうし、簡単に母親だと名乗り出られないのはわかる。でも人生は短い。しない後悔をいくつも重ねるより、して後悔する方に向かって欲しい。
フミが直美の親だとして一切知られたくないのならハギレなど出してくるべきじゃなかった。直美が来るのは分かっていただろうし迂闊だ。でももしかしたらバレてもいいって気持ちや気づいてほしいって気持ちがあったのならなかなかの策士だと思う。直美は名前もつけずに置き去りにされた何にも罪のない赤ん坊なのだから母親を探す権利ぐらいあるはず。名乗らないなら名乗らないなりに思わせぶりはやめてほしい。名乗るならちゃんと向き合い謝罪してほしい。
文さんは直美の質問に、そう見えるのかと厳しい質問返しをしていたけど、質問に質問で返すのは返答に困っている証拠に感じるし、わざと厳しく言うことでそれ以上は追求させない意図を感じます。ゆえに答えはYesなのかもしれませんね。
もしそうなら、直美に責められるかもというより、自分自身が一番自分を責めていて許せないのかもしれません。
ぎこちないやり取りが、やはり文が尋ね人なんだろうね。
詐欺をしてまで必死に生きていたのが、どうしてこだわりも夢も無くなったのか。
直美と別れてしまったからなのだろうか。
ふたりとも横浜にいたことがあるようだし、かなり確率は高そうだ。
文は子どもを名前も付けず捨てたように見えるのかと煙に巻いていたけれど、あの生地が大切なものなのは間違いないだろう。
文さんの手料理を食べ、りんの話で盛り上がり、そこまでは本当に微笑ましく見ていられたのだけれど。
そこから後のギクシャクした感じが悲しくて。
でも、どうしても何があったのか確かめたくなったのだろうな。
直美の母親である夕凪って、文さんなの?それだとちょっと都合よすぎるよね。もし母親の親族とか友人だったとしても、当時100万人を越える東京でこういう形で偶然出会うというのは、フィクションだからこそあり得るというより、フィクションだからこそご都合主義なんじゃないかな。文さんの面白い個性は素敵だけど、物語の構成としては奇跡より地道なものを望みたい。
りんは相変わらずいろいろ巻き込まれているけど、当時の新潟は東京よりも人口が多く、日本国内最大だった。海運の街として栄えていたから、あまり東京と比べて田舎扱いしすぎるのはどうかな。
相変わらず、双六の上りは奥様が主流なんだよね。
だから、どれだけ嫌なことがあっても理不尽なことを言われても耐え続ける。
子どもがいればなおさら。
でも、子どもから見て、それは憧れの世界ではないどころか同じ道をたどりたくないと思ってしまうのは時代が変わりつつあるからこその思いなんだろうと思う。
母は嫁家に戻った。
娘はどう考えどう行動するのか。
一方の直美。
文の看病がちょっとした気分転換にもなっているのだろうか。
同じ看病でも、病院で仕事でするのと、好きで知り合いを見るのとでは心持ちが違う。
お互いに天涯孤独でひねくれもの。
少し似ているなと思っていたら、同じ布でできたものを持っている。
大量生産の時代ではないし、おそらく縁者、親子なんだろうね。
娘だと分かって近くで見守っていたってところだろうか。
知ってしまったら、今までのようには接するのが難しくなっちゃわないかな。
直美さんは、自分が思っているような弱い立場の人を助けるということの壁に突き当たっているのかな。
家族のようなものは手に入れたし、それでも働くことには少しのこだわりがあるように見える。
働かなくても良ければ…で言い淀んでいたし、看護の仕事はきっと好きなんだと思うし、今となったら自分を支える根っこになっているのだろう。
瑞穂屋さんのような良い待遇のお店で働いていても、借金があったり他にも事情がある人にはお金が十分だとは言えない。
女が一人で稼いで生きていくということは大変な時代だったのだと改めて思う。
新潟に行ったりんは田舎の洗礼を受けているようだ。
りんからは女の自立の困難さはなかなか伝わりにくいのだけれど、それでも仕事を選べなかったり勤務地を選べないあたりは今では考えられないところ。
あのおばあさんたちまでりんのことを知っていたのがどういうことなのか。
洋髪が珍しくて目立つのかもしれないけれど、それだけではない噂が回っていそうだ。
毎日見てはいるけどなんか人畜無害っていうか爽やかな水みたいなドラマなんだよね。オープニングと歌だけ聞いて気づいたら終わってる。今日はどんな話だっけ?って思い出せないくらい物語に引っかかりがない。単身で新潟に行くのにコタロウは姿も見せなかったし、りんへの想いはそんなものだったのか?って消化不良。強いて言えば環が可愛くて見ているようなもの。あんな物分かりのいいかわいい子はなかなかいない。環の成長を楽しみにしようかな。
りんは新潟で舎監の他に英語なども教えるようですね。まあ栃木出身とはいえ、家老の娘で、東京から来たとなれば、田舎の女子たちが興味津々なのもわからなくはない。
寮だし、これからいろいろ起こるんだろうけど、りんはどんなきっかけで看護婦に戻るんだろう?そこが次のポイントだろう。
最後に出てきた男性だけど、まさかシマケン、小太郎に続く3人目の再婚相手候補か?
ちょっとモテ過ぎだし、恋愛話よりも、日本最初の看護婦としての物語を充実させてほしい。
シマケンもある意味で「自分探し」の途中で、作家への未練からりんにプロポーズできない状況なのだろうけど、そもそも自分らしさを見つけたから未来が良い方向にむかうわけじゃない。何かをやっているうちに見つけることだってあるし、何となくが本気になることもある。別に書評を卑下することはないと思うんだけど。結局は自己満足の問題なんだし。でもこれでシマケンが一流の作家になったら、ご都合主義すぎて苦笑いだよね。
りんはいずれ看護婦に戻るんだろうけど、むしろ直美がどう成長するかも注目ですね。
リンは恵まれすぎてるよ。あまりに運が良すぎて苦労しているようには感じない。ドラマ上のご都合主義とも言えるけど。
捨松に仕事を斡旋してもらい、母親の美津だけなく、他人である直美までが親身に娘の面倒みてくれて、自分は自分の道を選べる。そんなの普通じゃあり得ない。今の世の中だって難しいのに、明治時代ならなおさらだ。
どうしても気になるのは、りんって母親としてはどうなんだろうってこと。子育てをしながら自立する女性がひとりですべてを背負うのは無理だし、違うと思うけど、だからといって他力本願すぎないかな。
それまでも何人も看取ってきたはずなのになぜ今?っていうのが拭えない。処分として看護婦じゃない仕事に就くというのはありだったかもだけどトラウマとはねぇ。人生は順風満帆じゃないから立ち止まる時もあっていい。ただ稼ぎ頭のりんが立ち止まるわけにはいかない。でも稼ぎ頭と言うのであれば情に流されるような働き方ではなくて職業として割り切るところは割り切っていかないといけないのでは?と思う。来週は1人で新潟へいくのかな?とんびはどうするのだろう。
間違いなく、このままだとりんは看護婦としては役に立たないよね。それでも捨松に仕事を紹介してもらえるだけ恵まれている。実際の世の中はそんなに都合よくはいかないことがほとんどだし。
それにしてもやはり納得できないのは、りんが山本さんの対応でトラウマを抱えてしまったこと。時代的にみても今よりもずっと死は身近な出来事だった筈。しかもりんは父親の壮絶な死をひとりで背負わなければならなかったわけで、今更この程度のことでどうして?という感じがぬぐえない。
りんの強すぎる家長としての意識は、ああいう父親の死と無縁ではないだろう。それは理解できる。なのに山本さんでこうなるのは、ちょっと脚本として弱い。
直美が大山捨松に何を相談しにいったのか、まだわからないけど、きっとりんのことだろう。厳しいかもしれないけど、直美の言う通りで、今のりんには看護婦として仕事を任せることはできない。
そもそもりんの気持ちは本人がどう思おうと優しさではない。単なる自分の行動への後悔だ。本当に優しい人なら、まず目の前の患者を放っておけないし、大切にする。
またトラウマでもないし、PTSDみたいなものでもない。自分の父親の死をフラッシュバックするなら、そうかもしれないけどね。
まあ実際問題として、あの父親の死がトラウマにならなかった娘が、他人の死に直面して、ここまで悩むなんてないような気がするけどね。