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| 脚本・ストーリー 3.6 /5.0(71.2%) | 622位 /1244件中 |
| キャスト 3.9 /5.0(78.4%) | 606位 /1244件中 |
| 演出 3.6 /5.0(71.2%) | 626位 /1243件中 |
| 音楽 3.4 /5.0(67.2%) | 656位 /1244件中 |
| 感動 3.3 /5.0(66.6%) | 420位 /1239件中 |
| 笑い 2.9 /5.0(58.4%) | 564位 /1239件中 |
| スリル・興奮 3.5 /5.0(69.8%) | 432位 /1237件中 |



万福丸を朝倉に取られているから仕方なく朝倉に寝返ったということか。
昔から言われている説かな。
この時代なら、一人の息子の命よりもお家存続のために勢いのある方に付くという決断をする家もあるような気がするのだが。
それを盗み聞きしていた家臣がお市に知らせ、そこから柴田経由で信長に知らせる。
いつぞやらの女性がひたすら走るよりは真実味がある話ではある。
柴田経由で信長に知らせたのは、輿入れの時の約束があったからだろうか。
長政がやたら優しい男に描かれているが、元に戻ってと言われていたから元々は猛々しい武将だったのがお市のせいで変わったということなのだろうが、あんまりそんな風に見えないのが少し残念なところ。
浅井長政が信長を裏切った理由は、もっとも古典的な説に従った感じですね。個人的にはここまでフィクションが多い作品なら、もう少し攻めた理由でも良かった気がします。
信長と浅井氏が同盟を結ぶ際、信長に朝倉氏との対立は避けるよう約束したのを、信長が破ったため、朝倉氏と深いつながりのある浅井氏は信長に歯向かった、ということだけど、浅井氏はもともと朝倉家と対立する京極家の家臣だった。そして朝倉氏や織田氏よりも、よほどこの時代らしい下剋上で京極氏を追い出した家です。なのに浅井亮政と名将朝倉宗滴との間に何らかの盟約なり密約があったのか、急速に両家のつながりが濃くなる。浅井氏はその後六角氏に服従してもなお朝倉氏を頼るくらいだからね。
そのあたりを突いて、長政が信長を裏切らざるを得なくなる特別な理由を考えて欲しかったかな。そしてそれを予測していた竹中半兵衛みたいなパターンもありだったかも。
浅井・朝倉の密談の場に信長乱入はさすがに無理がないか?
今後の流れを考えても、浅井を信じて後ろを任せて裏切られて挟まれる展開がわざとだったとでも言うのだろうか?
茶々を秀吉が抱くシーンはちょっとゾッとした。
これも本来は身分の違いから無いだろうシーンだけれど、そっと出てきた万福丸とのことも今後を知っていてこそ楽しめるシーンだ。
豊臣兄弟と言いながら、そこはやはり秀吉中心の逸話になりがちで、それはどうしようもないことかなと思いながらも少し残念でもある。
家康のドラマでは市は家康と懇意にしていて茶々を抱かせていたけど、主人公が変わるとその辺は臨機応変なのね。まぁ秀吉が茶々を抱く方が因縁が深いから興味深い。でもそんなに歳の離れたおじさんに嫁ぐことになった茶々を憂もした。そして再三出てくる秀吉の女遊びの件、いやいやねね様これからが大変ですよと思わずアドバイスしたくなる。この夫婦に子供がいたら‥たらればだけど徳川の世が来なかったかもしれない。でも側室の数は変わらなかったろうね。
女好きの秀吉の弟とは思えないくらい秀長の女性関係は地味。その上、出自や事績などもはっきりとわかっていない。でもこの時点での秀長と安藤守就の娘ではちょっと釣り合いがとれないんじゃないかな。養女の可能性もあるけどね。まあ後に安藤は信長に追放されるし、その関係で夫婦関係のドラマを作りやすいという脚本家の意図があるんだろう。何より吉岡さんが凛として美しかったから良しとしよう。
秀吉がまだ幼子の茶々を抱くシーンもなかなかあざとい。当時の秀吉がそんなことができる立場なわけがないし。まあそこは演出ということで仕方がない。注目したいのは浅井長政。この感じだと朝倉との関係を重視して信長を裏切る展開だろうか。将軍義昭を絡めるのかな。
三好三人衆に取り囲まれての本圀寺の変。
門を出ていく小一郎の鼓動がこちらまで聞こえてきそうだ。
とっさの機転で時間を稼ぎ、秀吉は堺の武士たちをお金で雇い駆け付ける。
将軍を守り抜いたということが、また強みになっていくのだろう。
戦いだと言ってお市は嫁いだが、夫君の優しさに取り込まれていく。
義父が信長との縁を阻もうとすればするほど思いは募るけれど、優しさは逆に働く。
このあたりはリアルだなと思った。
三好三人衆は所詮、三好長慶が残したものを食いつぶしただけで、大した連中じゃない。見るべきはやはり松永久秀だよね。
それはともかく「本圀寺の変」には信長はわずかな騎兵でかけつけたとされているけど、籠城戦には関わってないから、秀吉兄弟がいるのはともかく活躍するのはかなり違和感がある。援軍も細川藤孝たちだしね。フィクションを組み込むなら、もっと裏方としての支援を考えた方が良かったかな。
堺衆だけど、今井宗久はいち早く将軍義昭や信長と通じ、信長が矢銭2万貫を求めた時にはそれを後押ししているはず。そういう史実はもう少しちゃんと踏まえた方がいいと思う。
政治のために顔も知らない相手のところへ嫁ぐのはお市とはいえ心細かったのだろう。そこに藤吉郎を呼ぶっていうのはそれだけ心を許していたってことなんだろうけど取ってつけたようなエピソードだなと思った。そこを寧々のためにいかないっていうのは後々数々の側室を迎えマメに尽くしていた秀吉ならではだろう。浅井も気遣いな人に書かれていたがあながち間違ってはいないだろう。その先の史実を知っているからなんとも切ない。人が簡単に死ぬ世はもう来ないでほしいと願っている。
足利将軍家はとっくの昔にただの神輿になっていたし、三好長慶が将軍義晴らを京都から放逐した時点で事実上、幕府は終わっていた。力でそれに対抗しようとした義輝が将軍ながら斬り死にしたのを知っている義昭とすれば、信長に協力を仰ぐためには、ある程度低姿勢であったろうと想像はできる。
とはいえ信長はもちろん義明自身も、神輿としての軽さを自覚していたはず。だからこその政治的な駆け引きがもっと見たかったですね。
豊臣兄弟としては、どこでその政治の流れに関心を向けるようになるのか。そこが半兵衛の活躍のしどころでもあるのかな。
今回はお市の浅井への婚礼と上洛。
この先の話を分かっていたら、浅井への手紙を書くために藤吉郎を呼び出した際の寧々との会話や、婚礼についてきた勝家をからかったりのシーンはそれなりに面白いなと思う。
小一郎の作り話も調べたの?って一瞬思わせる効果があるし、今後その通りになっていく。
ただ、信長の心中や時代背景を考えた時、その場の幸せは続かない。
将軍の座すら安泰ではないのだ。
次の将軍になるべく足利義昭は信長を頼り、上洛を果たしたまでは良いけれど副将軍職を断られ、相手の心の内が見えず疑心暗鬼になっている。
信長と義昭との決裂は近そうだ。
街中の荒廃した様子と、金を撒いて人心を掌握しようとする様子が何でもありだったのだと思わせる。
多くの武将が出て来て、顔と名前が一致する前に退場しそうな人たちもたくさん。
本当にこの時代を駆け足でやるなら名札付けていて欲しいと思ってしまう。
そう言えば初回からナオは小一郎に「私ってすごいな。小一郎ならそう言うと思ってた」と度々言っていた。
毎回しっくりとは来ず、気になっていた。
なるほど、ナオは早くに退場する代わりに小一郎の背中を押すだけでなく全面的に肯定し続ける存在なのか。
振り返れば最初からそういう流れだったのかもと思えるし、これからも小一郎の心の中で支える存在になるんだろうな。
そして竹中半兵衛が本格的に出てきた。
三顧の礼だとか、いかにも軍師的な表現が出てきたけれど、斎藤龍興の酷さが織田へ乗り換える要因にしか見えない。
誰につくかはこの時代死活問題だったわけで、結局のところ付いていきたいと思えるかどうか、勢いがあるかどうかが大事だったのかもと思う。
そういう意味では藤吉郎と小一郎は乗ってみる価値があると思えたということか。
それにしても戦国の世も描きにくくなったものだ。
カッコよく、理想を追い求めるなんてこと実際に考えていたとは思えない。
どんなにきれいごとを並べたところで、どんどん嘘くさくなるだけのような気がする。
争いを無くすために強くなるって言うけど天下を取るまでに一体何人死んだのだろう。大義名分があれば人を殺すことは仕方ないと見做されていた時代に現代の気持ちを乗せると違和感が出てしまうし、これだけ価値観が変わった今万人ウケする時代劇はもう作れないんじゃないかと思う。それで直の死という自分の愛する人の死にすることで共感を得ようとしたのだろう。争いは無くならないけど無駄な死は避けられる、今なお戦争が止まないことを先人達はどう思うのだろう。少し虚しくなった。
喜左衛門はさすが直の父親だ。いいところを持っていきましたね。これで小一郎も少しは吹っ切れた筈。でも最近の大河ドラマは先にある争いのない世の中のための争い、という構図というか、言い訳が多いよね。個人的には嘘臭いなと思ってしまうけど。
竹中半兵衛だけど、まあほとんど伝説というか、よくわかっていない人物だしね。戦国ものの人気者でもあるから格好いいのはしかたないんだろう。でもこれだと信長というより、秀吉に仕えることになる動機が弱い気もする。
一夜城は有名な話だけれど、一夜で城が成った程度の知識だったから、まさかの一夜で消えるという話に驚いたし、儚く燃えるあの画を見てしまうと伝説になるよねとも思う。
実際がどうだったのか確かめるすべもない訳だけれど、それでも敵を引き寄せる罠としての機能はなるほどあるだろうと思える。
それにしても上手くいくことといかないことが上手く配分されていて、知っている武将たちの話なのに飽きさせないなあと感心する。
戦が多くて農地が荒廃していくのは今までの大河でも触れられていたことがあったけれど、そのせいで諍い争いが起き、直が犠牲になるとは思いもしなかった。
素直で優しすぎる主人公が次の段階へ進むための人柱的な扱いにも思えるけれど、どうしようもない悲しみが人を強くさせることは良くあること。
慟哭が悲痛ではあるけれど、次回以降が少し楽しみになった。
墨俣一夜城に関しては、虚実は別にして秀吉関連の有名エピソードだし、ドラマにするなら採用したいい話ではありますね。
普通は一夜で作ったから一夜城と呼ばれるわけだけど、一夜で生まれ、一夜で消えたという演出は何とも言えない余韻もあり、なかなか良いシナリオおよび演出だったかなと思います。秀吉のセリフも良かった。
これからの歴史ドラマを考えるに、参考になる演出回だったと思います。
直のシーンが多かったからこの先長くないのかもって思っていた矢先、やっぱり死んでしまった。侍からしたらどうでもいい小さい事に巻き込まれて死んでしまったことが今後効いてくるのか?ただ幸せの絶頂での死はやっぱり辛い。この先孫を抱いて遊びにくる未来があったかもと思っていたとと様は後悔してもしきれないだろう。墨俣城は立派に後世に語り継がれた、影ではたくさんの直のような小さな死がある。ダイナミックな視点と市井の人の視点があって良い。
秀吉と秀長は切っても切れない関係なのだろうが、どうしても物語が秀吉中心に回ってしまうのは仕方がないことなのだろう。
だとしても秀長が良い人に描かれすぎているように感じる。
おっとりとしていて、自己主張に欠けていて、兄のことが大好き過ぎる。
あんなだったら直でなくてもそばにいるのが怖くなってしまうだろう。
祈るしかできないという不安や恐怖を、たった一晩だけでも味わった小一郎。
直との関係も、周りとの関係も変わっていくだろうか。
墨俣一夜城への足掛かり的な回でもあったが、前野長康と蜂須賀正勝との亀裂を修復するのが兄弟力というところが、このドラマのテーマが「兄弟」ということでもあるのだろう。
兄弟で敵味方に分かれることも殺し合いすることもあった時代に、あまり兄弟の絆や家族力みたいなのを前面に出されると何時ぞやらの大河に近づいてしまう不安がある。
それでも、どうして墨俣が難しい地だったのか、それをどう攻略しようとしているのかということが分かりやすくて面白いと感じた。
仕事で家を出ればいつ帰ってくるかも分からない、今どこにいるかも分からない。そしていつ死ぬか分からない。今からは到底想像もできない世界にいるナオ。好きになればなるほど心配は尽きなくて、苦しくて仕方ない。ほんと身がもたないよね。秀吉も寧々とやっと夫婦になった。寧々を大事にすることは変わらないけど、山ほど浮気をするんだよなって思いがチラチラしてしまって素直に喜べない。今の時代と価値観が違いすぎて時代劇も難しくなったなと思う。
ま、最初から信長を殺すつもりなら得意の石礫だよね。肌身から離した武器なんていざという時なんの役にも立ちはしないからね。大沢としては信長に仕えるために出てきたのに、ここまで仕組まれてしまっては八方塞がり。死ぬか出家かしかないだろう。で、信長の魂胆だけど自分が兄弟に恵まれなかったから兄のためとか弟のためとか言ってる2人が目障りだったのだろう。そしてその心がどこまで本気なのか見て見たかったのかもしれない。そんなことで生きるか死ぬかがここまで迫るドラマはストレスが多く、見続けることができるか不安だ。
今更、マンガ的になりすぎている信長像をどうこう言っても仕方ないのだけど、実在の信長を考えるに情で訴えてどうにかなる相手ではない。なのでそこは秀吉と秀長らしいトリッキーな発想による利を説き、信長を納得させて欲しかったと個人的には思う。信長の合理性と秀吉たちの発想力の勝負という感じが見たかった。
それにしても秀長は良い人すぎる。この時代に現代風の「善人」いない。この時代の「良き人」はこうじゃないと思うのだが。もちろんドラマらしく現代的解釈はあってもいいけど、信長みたいにほぼマンガになってしまうとね。逆に本当の信長のすごさも伝わらなくなる。
考えさせられる回でした。
苦無は、実は信長の命による仕込みだった
藤吉郎も事前にその筋書を知っていた。
その上での小一郎の必死の訴え。
それに応える次郎左衛門の決意。
素晴らしいドラマでした。
最後に、実は次郎左衛門も密かに必殺の石礫を隠し持っていた、というオチ
御前試合の取り組み表に細工をした小一郎。
あそこまで差があったらバレるだろう。
ただ、闘わずに勝ち筋をつけるというのは、この時代を生き抜くためには大事な能力だったかとも思う。
そのおかげか次郎左衛門の調略を申し付けられる。
家族総出で偽の噂を流し、ふたりは鵜沼城に乗り込む。
藤吉郎の熱意に負けて藤吉郎だけを鵜沼に残し、次郎左衛門は信長のもとへ向かう。
さて次郎左衛門はどう扱われるのだろうか。
あの武器は誰が仕込んだものなのか。
信長の首を持って斎藤家にふた心無い証としようとしていたと思われても仕方ないように見える。
それに恩義のある斎藤家を裏切って織田家へ下るような人物を信長が丁寧に扱うとは思えない。
次回は血生臭い展開になるのだろうか。
史実では大沢次郎左衛門は信長に殺されてはいない。でも信長に殺されそうになったという説はある。信長の死後になって再び名前が現れ、秀次に仕えることからして、どこかのタイミングで秀吉に従ったのは間違いない。このドラマでは秀吉と秀長が大沢の命を助け、いずれ仕える伏線にするのだろう。
猜疑心が強いことで有名な信長だし、それとは違ってひとたらしの秀吉という構図をまず描くということでしょうか。
でも秀吉と秀長、二人で一人という感じが強すぎないかな。それで秀吉という人物の異質性が失われてしまわなければいいけど。
期待してた桶狭間、開始25分で義元の首が飛んでて笑った。歴史好きからしたら「ショボい」って怒るレベルのスピード感だけど、このドラマの主役はあくまで「兄弟」なんだよね。
個人的に痺れたのは、小一郎がトンビを見て雨を当てたシーン。「気象予報士・小一郎」の爆誕。百姓の知恵で戦を動かす展開は、ジャンプっぽくて熱い。
小一郎がまだ人を殺すのにビビってるのも、初陣のリアルが出てて良かった。
あと、最後にお金(50貫)をしっかり要求する図々しさ、最高。きれいごとだけじゃない兄弟の感じが、逆に推せる。
ずっと引っ張ってた「父の仇」の城戸小左衛門、まさかの退場。もっと粘るかと思ったけど、戦場のカオスであっさり死ぬのがこのドラマらしい。
最後、城戸が兄弟を撃とうとしたのか、実は助けてくれたのか、はっきりさせない演出が不気味で良かった。小一郎がとどめを刺せなかったあとの、あのなんとも言えない空気。藤吉郎が父親の形見の袋をずっと持ってたのも泣ける。
復讐がスッキリ終わらないあたり、脚本家が「戦場ってこういうもんだぞ」って突き放してくる感じ、嫌いじゃない。
これまでのところ、率直に素晴らしい作品だと思います。
誰もが知る、信長の草履を懐で温める場面や、桶狭間の戦い等に新解釈を加えながら史実をなぞってゆくドラマの作り方が秀逸。歴史上の場面を実際に見た人間などいるはずもなく、大河ドラマだからと言って従来の通説を正確に表現する必要など全くなく、これからもこの兄弟を存分に活躍させてほしい、と期待します。
主人公とはいえ秀長を良い人にしすぎじゃないかな。確かに秀長は若いころから前線で戦うよりも裏方役として活躍したと伝えられていますが、兵農分離前の農民は戦う農民。明智光秀とか穴山梅雪も落ち武者狩りという名もなき農民にやられている。そもそもまったく戦えないのに戦場に出て、生き残れるわけがない。大して強くはないという程度ならわかるけど。それなら武に長けた柴田勝家に秀吉と共に侮られるのにも納得できる。
秀長も後の四国攻めでは総大将として長宗我部元親を降伏させているし、まったく戦えないヘタレというのは行き過ぎかな。自分の体で戦うセンスがないで良かった気がする。
信長もこれだとどこが「うつけ」なんだろう?うつけは端的に言えばバカってこと。少なくとも桶狭間以前はそう見られていたわけで、もう少し戯けた要素があってもいいのでは。これだとすでに視聴者が信長に関する知識やイメージを持っていることを前提としているように感じる。それはどうなんだろう?
演出として大事なのは秀長から見て、信長が「うつけ」に見えないと、自分の世界の狭さや信長の才に気づき、褒美を遠慮するシーンが生きてこないと思う。
展開が早いのは事実。
でも、雑ではない。
有名エピソードを引っ張らずに処理して、
その分キャラの判断と反応だけを見せてる。
草履、築城、全部「知ってるでしょ?」で済ませる割り切り。
史実の再現より、物語の速度を優先してるのがはっきりしてる。
雨予測はさすがに漫画だけど、
百姓の経験値って理由をつけたのはうまい。
信長に評価されるプロセスとしても納得できる。
重厚さはないけど、停滞もしない。
これはこれでアリ。
小一郎は頭が回るんだな。
藤吉郎はその場で息を吐くように出まかせを言う。
小一郎はそこに理屈を引っ付ける。
有名な草履を温めるシーンが、小一郎の判断の速さと正確さを印象付けるシーンになっていた。
この二人が組めば無理も通ってしまう危うさがある。
いよいよ桶狭間。
二人には隠れた使命がある。
今川義元との戦に紛れて、城戸の首を狙う。
このあたりは創作なんだろうけれど、果たしてうまくいくかどうか気になってしまう。
小一郎(秀長)の、兄・秀吉に対する献身の裏にある危うさが際立っていて、信長が退場してから、秀吉の狂気じみた野心が大きくなっていく様子がリアルで、それを一番近くで見ている小一郎の胃が痛くなるような表情がたまらないです。
これまでの大河だと、有能な弟として綺麗に描かれがちだけど、今作は泥臭い兄弟の情愛と、政治的な冷徹さが混ざり合っていて見応えがあります。
特に、秀吉が強引に物事を進めようとするシーンで、小一郎が周囲との調整に奔走しながらも、ふとした瞬間に見せる兄への恐怖を感じさせる視線が印象的でした。
ここで敵役の登場か。目前の敵をつくるのはわかりやすい目的になるからね。少年マンガの手法だ。
信長が秀長にかけた言葉だけど、ちょっと現代的すぎるかな。まあネットで調べて、知った気になる頭でっかちな現代人に向けた、皮肉でもあるのだろうけど。
正直、この時代、武将は命がけで大変だと感じがちだけど、実際は農民だって大変。飢饉が続いたし、野盗だけでなく近隣の村も攻めてくる。秀長はまるで村に帰れば戦と無関係みたいな雰囲気だけど、そんなことはまったくない。兵農分離もしてないし。
どこまで時代のリアリティを追求し、どこまでフィクションを混ぜ込むかが時代劇の腕の見せ所だが、今のところちょっとそのバランスが悪い。まあ秀長の動向が不明な時期だからやむを得ないのかもしれないけど。
ど田舎のどこにでもいる青年が天下人になる過程を見るのは楽しみです。しかし、秀吉亡き後は愛人も息子も殺された。孫娘は一生を寺で暮らした。秀長の知恵で天下人になったと言われるのが嫌で、秀長も殺した秀吉。天下人にならなければ食われる時代に一生懸命、生き抜いた人達の生き様は学ぶことが多いと思う。が、ドラマは見る人が面白いと思うように脚色されるので、『新解釈秀吉』として、かる~く見ていきたいと思う。秀吉の母が「もっと大きく」と期待したのも脚色だと思う。
まだはじまったばかり、しかもきっとまだこのころの彼らについてはほとんど史実が分かっていなくてほぼ創作なんですよね。だけど引き込まれます。やっぱり天下を取ったものは違うなと思わせる迫力があって、ただのサルじゃない。そしてそれをずっと補佐していった彼についてもこんな感じで上り詰めていったんだろうなと思わせられる。これから誰もが知っていることにどうつながっていくのか楽しみです。役者陣もまさにピッタリという感じでいい。
大河はなるべく観てますし、戦国時代が好きなので今回また観られるのは嬉しいのですが、個人的には豊臣が嫌いなのでちゃんと最後まで観れるかな…と思いながら第1話を観て、予想外に面白い出だしだったのでこの調子なら観れるかも!となりました。
まずやはり主演の仲野さん、池松さんの演技力がずば抜けてますよね…池松さんの怪演が個人的に好きなので近年多いサイコパスみのある秀吉が凄く合ってると思いました。
あと宮﨑あおいさんがとにかく可愛い、それでいて信長の妹としての威厳、風格もあり素晴らしいな…と思いました。
やはり仲野太賀さんは名優だと思ったね。太賀という名前だけあって大河俳優としての風格を強く感じられた。豊臣の半生が一体どういうモノなのか興味がある自分としては、この豊臣兄弟でどのエピソードが深掘りされるのかワクワク感でいっぱい。やっぱり歴史好きにはこういうわかりやすいキャラが中心にいてくれた方が楽しめるよね。作中での太賀さんの間の取り方がとにかく上手くて、ここまで相手の呼吸に合わせて芝居できる人とはちょっと思わなかったな。
お市の方が言っていた兄がつらければ自分も辛く感じるというのが、今回の中村襲撃直後に藤吉郎が現れた理由につながるのかな。
野盗がやってきて、そのあとからさらに強い野盗がやってきて。
これもお市の方が言っていた手引きされた敵の集団ということなのだろうか。
ここ数年生臭い大河から遠ざかっていたから、野党に襲われるシーンがかなり攻めていると感じた。
農民いてこそ武士は食べていけるのだけれど、農民も農作物も敵からは狙われる。
だからこそ主人公のように鍛える必要があるんだろうね。
いろんな人物の描写がテンプレートだなと感じたりはするのだけれど、わかりやすいし見やすいとも思う。
ただ、藤吉郎とお市の方との距離感が少し気になるかな。
当時はまだ兵農分離していないから、農村といったって近隣の村や野盗との戦いは少なからずあったし、武装していてそれなりに組織化されていた。飢饉も戦も日常化していた時期だから、合戦に出て、落ち武者狩りでもしないと食っていけないからね。なのでこういう農民像はちょっと違う。だからこそ秀吉が出世できたんだし。
どうも近年は戦争を精神的には忌避しながらも、戦のない世のために戦うみたいな主人公が多いのだけど、この秀長もそう。個人的には首を傾げるけど、秀長という人物は興味深いので、もう少し見てみたい。
分かりやすくて面白い。
やたら不必要で分かりにくい伏線を多用した前作は、自分の様な頭の悪い年寄りにはまったく意味不明であったが、ようやく一年間楽しめそうな大河に出会えた気がします
今回の大河は子役時代なしで始まった。
あまりにも想像の世界でファンタジーな子役時代が描かれることも過去作にはあったから、こういうのも良いかも。
秀吉も秀長もアニメーションの猿で始まったのには驚いたが、今までの概念通りの猿として描くという宣言みたいなものなのかな。
斎藤氏も今川氏も柴田氏も結構今まで言われていた像と違わないし、それでいて少し軽めに描いているようにも感じる。
ただの足軽なのに足軽大将とか言っちゃう秀吉はイメージ通りだけれど、口だけではなく陰で剣術を磨いていたり、信長の言葉に一瞬詰まりながら笑顔を向けるあたりとか、表と裏が違うところを深堀するのかな。
躊躇なく相手を切ってしまうところも、本心とは裏腹に笑顔で応対するところも、どんな泥をかぶっても平気な底の深さが闇に見えて恐ろしい。
この二人が足並みそろえてのし上がっていくのを今は想像できないが、そうせざるを得ない状況になるのだろう。
初回としてはキャラクターの色がちゃんと出ていて整理しやすく面白かったと思う。信長ができる奴は拾いできない奴は切り捨てるカリスマ性を見せたのは良かった。少々単純でイメージ通りすぎて面白くない気もしたが、だからこそ弟の賢さと秀吉の複雑性に引き込まれてより豊臣兄弟から目が離せなくなった。キャラがたくさん出てくるのに渋滞なく一百姓の豊臣兄弟にうまくスポットが当たるようにできているのがすごいと思う。ただ久しぶりに血が流れる大河、好き嫌いは分かれるかもしれない。
最後に小一郎(秀長)が怖かったのは藤吉郎(秀吉)だと告げたのは、なかなか意味が深くて考えさせられた。
ストレートにとれば、迷いなく人を切り殺したシーンが恐かったととれるけど、小一郎はその前後の平気でへつらい頭を下げる藤吉郎の姿も横目に見つめている。だからむしろ底知れぬ韜晦術の先を怖れたのだとも受け取れる。それは後の秀吉の果てしない欲望を予感しているかのようだ。
ありがちな小栗さんの信長像やDAIGOさんの斎藤義龍には首を傾げたし、柴田勝家が秀吉に突っかかるのは、後の賤ヶ谷の合戦までに至る両者の逆転劇をより劇的にしたい演出なのだろうけど、そういう過剰な演出はどうかと思うものの、豊臣兄弟の二人三脚がどう描かれるのかは楽しみだ。